近江 / 大原氏館



ファイルNo0781

近江佐々木氏四家のひとつ

                            館内部土塁

@ おおはらしやかた 
  別名  大原判官屋敷

A住所:米原市本市場
     旧:坂田郡山東町
B目標地点:大東中学の北東

C形式:平城  D比高:ーーm 
E現況:公園・宅地

F遺構等:土塁・堀・説明板
G時代/人物: 鎌倉期/大原氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  10分

J撮影・訪問時期:2005年04月

  

道案内 

国道21号線一色の信号を曲がり、県道19号線を北上、4.5Km先の市場の信号を右折し、県道248号線を750mほど行った右手集落の中に館跡は残ります。館跡の南側路地に説明板が立っています。(国道365号線からですと、関が原方面から来ると「春照西」〜「間田」〜「野一色東」と信号が続きますが、「春照西」〜「間田」の信号の南側500mほどの集落の中、「野一色東」では南に県道19号線に入り、市場の信号で左折です。)
 
訪城記録

集落内に南北100m程度、東西50m程度の竹薮が館跡です。周囲に堀と土塁が巡り、特に西側の道沿いの堀は幅5m程度あり、土塁は高さ2m程度で100mの長さで残り明瞭です。南西隅の土塁は特に分厚く櫓台でしょうか?

県道側より遠望
歴史

鎌倉時代の初期に、近江の守護職の近江源氏佐々木氏が四氏(大原氏,高島氏,六角氏,京極氏)に分かれた時に、佐々木信綱より、大原庄を与えられた重綱を初代とする大原氏の館跡です。<現地案内板より> 重綱は佐々木信綱の長男ですが庶子でした。二男高信は清水山城を拠点とし高島氏に,三男泰信は観音寺城(最初は小脇館、ついで金剛寺城の後)を拠点とし六角氏に,四男氏信は柏原城(のち高清の時には上平寺城)を拠点とし京極氏となります。
 

堀跡                   堀と土塁

  

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