近江 / 上平寺城



ファイルNo777

京極氏後期本城

                     二の郭の虎口とU字郭の土塁

@ じょうへいじじょう 
  別名  桐ケ城・苅安城・刈安尾城
A住所:米原市上平寺
      旧:坂田郡伊吹町上平寺
B目標地点:
C形式:山城  D比高:300m 
E現況:山林
F遺構等:土塁・堀・堀切・竪堀・碑・説明板
G時代/人物: 室町期/京極氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  伊吹神社登り口より50分

J撮影・訪問時期:
2003年10月・2014年11月
             2015年09月

  

道案内 

名神高速道関が原インタを下り、国道365号線を進み、藤川の信号で斜め右へ県道531号線に入り伊吹山ロープウェイへ向かいます。藤川の信号より1.5Km先で右折し、今は小さい 集落となっている上平寺地区へ入ります。伊吹神社境内(上平寺館)より登ります。県道の集落入り口にある小さな城跡看板があるので見落とさないようにしてください。
 
訪城備忘録

上平寺館である伊吹神社より整備された道を50分ほど登ります。50分の山道はさすがにしんどい(笑) また、この辺は熊さんがいますので、独りで訪城するのはやめといたほうがいいと思います。この城は、応仁の時期の京極氏本城ですが、遺構は浅井氏時代のものです。山道を登っていくと、三の郭手前で大きな竪堀が認められ城域に入ったと判ります。この周辺には放射線状に竪堀が多数あるようですが、熊笹に覆われてよくわからない状態です。三の郭の右手下段郭にも竪堀が認められます。三の郭から二の郭にかけての構造(縄張り)がおもしろいです。三の郭のスロープのような道があり、二の郭下に堀切と土橋、それを監視するが如くの二の郭の張り出したU字の郭と土塁、登城道は土橋を通り二の郭の張り出した郭の下を通り右に折れて二の郭に入ります。敵が侵入してもこの通路で上からの一斉攻撃を越えなくてはならないようになっていて防御性が高い感じです。二の郭の奥に土塁で囲まれた郭を越えて登ったところが主郭下です。ここの右手上が主郭ですが、左手側には大きな竪堀が二条残ります。主郭は二の丸の構造に比べれは簡素ですが、広い郭です。削平が甘い感じもしますが、なぜでしょうか?登城道より10mほど高台で、切岸で防御性を高めているという感じで主郭周囲は土塁が巡ります。主郭背後の尾根には大堀切があり、大変深い大きいものです。ここに架かる土橋も見ものです。この土橋からさらに進むと弥高寺方面になります。

主郭
歴史

永正年間(1504〜1520年)頃、京極高清によって築城されました。大永三年(1523年)に京極氏の内紛で京極氏の守護職の機能が停止して後は、浅井長政が街道監視の城として改修し、元亀元年(1570年)<姉川の合戦の年>、城を守備していた樋口直房・堀秀村が織田信長に転じた頃、廃城になったものです。

主郭土塁と城址碑
2003年撮影  ニの郭のU字土塁と郭  2014年撮影   
二の郭下の堀切と土橋     二の郭手前通路
現地案内板より
2014年・2015年撮影
竪堀
三の郭のスロープ土塁        三の郭下土塁
三の郭下竪堀         三の郭下郭
二の郭手前堀切土橋
二の郭手前堀切土橋
二の郭手前堀切と土橋
土橋を渡った通路
土橋を渡った通路          二の郭虎口
二の郭虎口          二の郭から主郭方向
二の郭登り虎口
二の郭土塁           主郭下郭1
主郭西側下竪堀
主郭手前郭2        主郭下竪堀
主郭
主郭背後の堀切
主郭背後の堀切       主郭背後の竪堀
主郭背後の堀切
主郭背後の堀切と土橋
2003年撮影
三の郭(中央は登城道土塁)    二の郭下堀切土橋  
二の郭下の堀切
二の郭下堀切の土橋    三の郭下竪堀
二の郭土塁
主郭後方の堀切      主郭後方の堀切土橋

近くの城・関連の城:上平寺館 弥高寺