近江 / 頓宮



ファイルNo0841


                            主郭土塁?

@ とんぐうじょう 
  別名  −−−−−

A住所:甲賀市土山町頓宮  
    旧:甲賀郡土山町
B目標地点:東光寺

C形式:丘城  D比高:20m 
E現況:山林・神社

F遺構等:郭・土塁?・堀・碑
G時代/人物: 鎌倉期/頓宮氏 
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  城址碑から5分

J撮影・訪問時期:2001年09月

  

道案内 

国道1号線で湖南市(旧甲西町)方面から来ると、西名阪という信号の先で左手が国道1号線、右手が水口町(甲賀市)中心部への道に分岐します。このまま国道1号線をここより約10Kmを鈴鹿峠方面に進んだ、土山町の頓宮の信号で左折し県道41号線に入ります。500m先で県道は右カーブし、左カーブしますが、右カーブのところで右手へ右折し次を左折します。この突き当たりの丘が城跡です。城域の東側は土山大茶畑です。
 
訪城記録

城址碑の所から丘に登りますと祠がある場所にでます。20m四方程度の平坦地で東側からコの字の低い土塁がありますが、遺構かは?です。ただ、主郭であることには間違いないと思います。北側・東側に降りると草木が伸びていてはっきりとは確認できませんが、東側から北側に堀が巡っている感じです。堀を隔てて東側にも削平地が確認できます。主郭南側下から東側に歩いて木立を抜けるとそこは大茶畑です。土山茶は宇治茶の元の言われていると聞いた事があります。


城址碑
歴史

頓宮城は鎌倉期には頓宮牧荘の中心部であり、郷村制の成立とともに所を得て、土山で有力豪族として成長した頓宮氏の城となります。丘の先端に東西に伸びる一帯を城山と呼ばれており、南・西はやや屹立した要害をなし、北面には空堀を巡らし、西には大日川を隔て、北城及び城の前と呼ばれる丘が続き、南には野洲川流域まで展望できます。頓宮氏は甲賀五十三家の一つに属ししており、同じ甲賀武士として長亨の役(1487年)等で活躍した土山氏(土山城)、黒川氏(黒川城・黒川氏城)、大河原氏(大河原氏城)は、頓宮氏の一族です。長亨年間(1487〜1489年)頓宮治三郎正盛の子の頓宮四方之介利盛により音羽野城へ移り、頓宮城は廃城となりました。 <現地案内板より 土山教育委員会>



土塁?                     堀

  

近くの城・関連の城: 音羽野城 土山城 鮎河城