近江 / 土山城



ファイルNo0839

甲賀土豪の城ながら技巧的な虎口と防御。織田勢力に改修された

             城域虎口

@ つちやまじょう 
  別名  −−−−−

A住所:甲賀市土山町北土山
     旧:甲賀郡土山町
 
B目標地点:
C形式:山城  D比高:40m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀・土塁・碑・説明板
G時代/人物: 室町期/土山氏 
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  城址碑から10分

J撮影・訪問時期:
2004年03月・2014年06月
          2016年04月・2017年08月
          2018年08月 他

  

道案内 ←登り口

国道1号線旧土山町役場前の信号(現在は甲賀市土山支所)の信号を北に曲がり県道9号線に入ります。300m先の「あいの土山」の手前を右に入ります。住宅街と山裾近くを行くと土山城址碑のあるところに至ります。この付近は道が狭く車は駐車できません。城址碑のすぐ南側の路地にある公民館に駐車可能と考えます。
 
訪城備忘録

城址碑の所より、南側がら北に向かって民家の横を細道を通り、藪の茂みに入ります。茂みはすぐ無くなり、沢が長く続く緩やかな登りを歩きます。10分もせずに右手に曲がると城域の虎口です。虎口は枡形になっており、さらに虎口を入った右手は広くなっていて武者隠しのようです。さらに、この右手には開口部があり土橋にて先の小郭のような空間と繋がっています。ここには櫓が建っていたのでしょうか。その先は堀切となります。虎口から左手上へ歩いて行くと正面に堀切が見え、土橋があり、土塁で囲まれた馬出し郭があります。その先にまた空堀が横たわり、大きな土橋がかかり、その先が主郭です。主郭前の堀沿いに左手に進むと櫓台と思われる土塁のある郭があります。主郭は四方を土塁が巡り南北側に虎口があります。北側虎口の外側は空堀から竪堀に落ち込む堀があり、その堀は東側下を巡ります。この城は豪族頓宮一族土山氏の城ですが、虎口の発達、主郭周辺の技巧を見ると、滝川氏支配時代、あるいは、小牧長久手の戦いの際に羽柴方に改修されたようです。

2016年04月訪城 西側丘陵の先端が伐採されていました。西側尾根先端側には明瞭な遺構はないのですが、見ようによっては郭と浅い堀切にも見えます。
2017年08月訪城 入口(説明板のある場所)から5mほどは藪になってますが、すぐに藪はなくなります。夏場でも見学のしやすい城跡です。

城址碑
歴史

甲賀53家のひとつ、土山氏の城です。文明年間(1469〜87年)に土山鹿之助盛忠(頓宮利盛の二男)が築城したとされ、天正十年(1582年)、土山盛綱が当主でありましたが、滝川一益に攻められ落城したとされます。その後、天正十二年(1584年)の小牧長久手の戦いの際、羽柴(豊臣)秀吉が進攻の基地として改修された可能性が言われています。


2014年訪城  
現地案内板より                        主郭
城域虎口
城域虎口の外側土塁と堀切・土橋
馬出郭手前の堀と土橋
南西の郭の土橋
主郭手前土橋
主郭空堀
主郭と土塁
主郭北下堀
主郭東下堀
主郭東下堀
2016年訪城・2017年訪城
西側丘陵
西側丘陵
西側から東側の虎口・堀切を見る
東側の虎口から尾根に続く堀切土橋
土橋越しに東側虎口を見る
尾根上の馬出虎口郭土塁・堀切・土橋
西側郭
主郭の堀と土橋と土塁
主郭の堀と土橋と土塁
主郭内
主郭櫓台土塁と堀

近くの城・関連の城: 音羽野城 頓宮城