近江の城012  

                                                                               

望月本実屋敷(忍者屋敷)  1531

甲賀53家
山中家 美濃部家
 黒川家 
頓宮家 大川原氏 大野家 伴家
岩室家 茶川家 隠岐家 佐治家
神保家 大原家 和田家 上野家
高嶺家
 池田家 多喜(滝)家 
鵜飼家 内貴家 服部家
(以上21家)
小泉家 倉冶家 夏見家 杉谷家
針家 小川家 大久保家 上田家

野田家 岩根家 新城家 青木家
宮島家 杉山家 葛城家 三雲家

望月家 牧村家 八田家 高野家
上山家 高山家 守田家 嵯峨家

鳥居家 平子家 多羅尾家
土山家 山上家 饗庭家 長野家 中山家
A 甲賀市(旧:甲賀郡)甲南町竜法師 B忍者屋敷  C平城
国道1号線で湖南市(旧甲西町)方面から来ると、西名阪という信号の50m先の信号で右折し甲賀水口中心部に入ります。県道549号線を進みすぐの本綾野の信号で右折して水口町市街地(現:甲賀市)を抜けます。近江鉄道を越えて600m先の内貴橋北の信号で右折し県道122号線(旧:国道307号線)に入ります。道なりに1.5Km先の三大寺北の信号で県道4号線と合流し進みます。庚申口の信号で国道307号線を横切りさらに県道4号線を進みます。庚申口の信号より約1.7Km先の矢川橋西の信号より1.3Km先の信号で右折し県道133号線に入ります。750m先右手に忍者屋敷の駐車場があります。ここより徒歩5分です。ここは甲賀流忍者屋敷として、江戸期の建物が一般公開されています。入口の看板には「望月出雲守屋敷」と書かれています。


F遺構等:江戸期忍者屋敷  G戦国期/望月氏  H満足度:凸

望月氏は信濃佐久から移住したと言われます。甲賀53家筆頭の望月氏の居館です。 建物は元禄時代に建てられた現存の忍者屋敷です。甲賀53家は長享元年(1487年)<足利義尚>、延徳三年(1491年)<足利義材>、足利幕府が六角征伐を行った際に六角氏<六角行高(高頼)に従った甲賀国人が53家です。その内、行高より感状を貰った家が21家です。

J訪城:2006/07
  
黒川城  0863
A 甲賀市(旧:甲賀郡)土山町黒川 B  C丘城
国道1号線の猪鼻の信号を北に入り県道507号線を進みます。この県道は鈴鹿スカイラインに向かう県道です。県道は1.5Km先でT字でここを右折し県道187号線に入ります。50m先が山内小学校で、この反対側の丘陵先端が城址です。城跡は杉林で土塁・堀っぽいものが巡りますが、水はけ用の感じで遺構と言う感じではないと思います。


F遺構等:郭?  G室町期/黒川氏  H満足度:凸
黒川氏の居城です。後に黒川氏城に移りました。


J訪城:2001/07
   
杉谷城 0857
A 甲賀市(旧:甲賀郡)甲南町杉谷 B C丘城
国道1号線で湖南市(旧甲西町)方面から来ると、西名阪という信号の50m先の信号で右折し甲賀水口中心部に入ります。県道549号線を進みすぐの本綾野の信号で右折して水口町市街地(現:甲賀市)を抜けます。近江鉄道を越えて600m先の内貴橋北の信号で右折し県道122号線(旧:国道307号線)に入ります。道なりに1.5Km先の三大寺北の信号で県道4号線と合流し進みます。庚申口の信号で国道307号線を横切りさらに県道4号線を進みます。庚申口の信号より約1.7Km先の矢川橋西の信号の次の信号を斜め右に入り県道49号線に入ります。県道49号線から県道132号線に入り、第二小学校の横を過ぎスーバー農道との信号の斜め右の丘陵先端が城跡です。 城跡はスーパー農道で削られているようです。左手の雑木林を彷徨うと突然堀切のような箇所にでました。これが唯一城っぽい感じのところでした。


F遺構等:堀・土塁  G戦国期/杉谷氏  H満足度:凸
杉谷氏の居城と伝わります。

J訪城:2001/07