近江 / 鮎河(館)城



ファイルNo0832

鮎河城伝承地です。館(居館)があったんじゃないかな

                            城址碑と土塁?(右手)

@ あゆかわじょう 
  別名 鮎河館 鮎河城伝承地

A住所:甲賀市土山町鮎河
     旧:甲賀郡土山町
 
B目標地点:鮎河小学校
C形式:丘城  D比高:10m 
E現況:田畑

F遺構等:郭・土塁・石碑・説明板
G時代/人物: 南北朝期/頓宮氏(鮎河氏) 
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  城址碑から1分

J撮影・訪問時期:
2004年03月・2014年06月
             2016年06月 他

  

道案内  

滋賀県側鈴鹿峠の手前、国道1号線の猪鼻の信号を北に入り県道507号線を進みます。この県道は鈴鹿スカイラインに向かう県道です。鮎河地区に入り、鮎川小学校の裏手300m東の山裾に城跡はあります。鮎河小学校を越え、約100m先を右折し、約200m先で道は右にカーブしており、この100m先が城跡です。
 
訪城コメント
城址碑のある場所を上から見る

城跡は田圃と化しているものの、城址碑の立つ付近が虎口の土塁のようになって見えます。ただ、現在、この地は伝承地とされているようです。古い説明板にはこの地の北側に鷲尾城があるとされますが、最近(2016年)できた説明板には北側山上に高尾城、東側山上に鮎河城と説明があります。

鮎河城山上の城はこちら

田んぼになった段郭?
歴史

南北朝期に南朝に属した頓宮弥九郎(鮎河弥九郎)が南朝の拠点とした城です。建武五年(1338年)、頓宮弥九郎は兵を挙げ鮎河城に立て篭もりましたが、北朝方の佐々木秀綱に属した山中橘六、小佐治右衛門、美濃部兵衛三郎らの軍に攻められ落城しました。鮎河城の北にある鷲尾城はこの当時の砦跡と伝えられています。<現地案内板より 土山教育委員会>


2016年6月撮影
2016年撮影新たな説明板
黒川氏城登城口にある説明板から
  

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