近江 / 長浜城



ファイルNo0780
                          模擬天守

@ ながはまじょう 
  別名  −−−−−

A住所:長浜市公園町  
B目標地点:
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:公園・宅地

F遺構等:井戸・模擬天守・碑・説明板
G時代/人物: 戦国期/羽柴氏(豊臣秀吉) 
H満足度:
凸☆
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  豊公園駐車場から10分


J撮影・訪問時期:2001年07月・2005年04月 他

  
模擬天守と城址碑

【道案内】  ←駐車場の位置

北陸自動車道長浜インタを下り、県道37号線を長浜市内へ向かいます。900m先の川崎町の信号で国道8号線を横切り、県道37号線からそのまま県道251号線を進みます。川崎町より1.6Km先の祇園の信号で左折し、県道44号線に入ります。900m先の正面が長浜城です。公園町の信号を左折し長浜城址公園(豊公園)沿いに500mほど進み、港町の信号で右折し、またすぐ斜め右に入り、突き当たり右が公園の駐車場です。


【現況・訪城記録】

城跡は公園となり、模擬天守が琵琶湖湖畔に建ちます。遺構としては、半分琵琶湖に沈んでいる太閤井戸と呼ばれる井戸跡があります。また、市内の大通寺の台所門は長浜城の大手門と伝わります。模擬天守の北側に石垣がありますが、説明板からすると発掘調査時の石垣列が出てきた位置ではありますが、今見られるものがそうであるのかは説明板からはわかりません。違う気はしますが^^;; 遺構としての楽しみはあまりありませんが、春は桜が綺麗ですし、夏場は琵琶湖の景色が気持ちのいい城址公園です。

【歴史】

長浜は元は今浜といい、佐々木高氏(京極道誉)が室町始めに出城を築き、家臣の今浜氏、上坂氏が守将として在城したと伝えられます。天正元年(1573年)に小谷城が落城し、浅井氏が滅亡、その後に織田信長よりこの地を与えられた羽柴秀吉は、小谷よりこの地に築城し、今浜を長浜と改めました。天正十一年(1583年)の賤ケ岳戦い時には、柴田勝家の養子の柴田勝豊が城主でしたが、秀吉方に付きます。天正十三年(1585年)には山内一豊が城主となり、5年間在城しました。慶長十一(1606年)には内藤信成が城主となり、その子の信正が元和元年(1615年)に攝津高槻城に移封となり、長浜城は廃城となりました。これに先立ち、慶長八年(1603年)より築城開始された彦根城に建物などが移築されており、天秤櫓や西ノ丸三重櫓は長浜城よりの移築と伝わります。他に、大通寺台所門や知善院表門も移築門と伝わります。 <現地案内板より>


  
模擬天守と桜
  
太閤井戸
     

     模擬天守                大通寺台所門(長浜城大手門)
茶亭門(長浜城移築門?)                          大手橋より  

  

近くの城・関連の城:彦根城 小谷城 上坂城 石田屋敷 横山城