近江/ 近江八幡山城



ファイルNo0698

山上遺構も麓の居館遺構も総石垣

                 本丸石垣   

@ おうみはちまんやまじょう 
  別名 近江八幡城・八幡山城

A住所:近江八幡市宮内町
B目標地点:村雲御所瑞龍寺・日牟礼八幡宮
C形式:山城  D比高:120m 
E現況:公園・寺・山林

F遺構等:郭・石垣・石碑・説明板
G時代/人物: 戦国期/豊臣秀次
H満足度:
凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  ロープウェイで10分
  登山口から20分

J撮影・訪問時期:2001年01月・2008年10月
2015年06月・2020年05月・09月・2021年11月
2022年06月・2023年07月
 (2018年01月・2020年04月・2021年01月
 ・2024年1月)

  

道案内 ←居館跡の位置  ←正面徒歩登り口

名神高速竜王インタを下り、国道477号線を北に向かいます。西横関の信号で右折し国道8号線に入ります。600m先日野川を越えた東川の信号で左折し県道326号線に入ります。4Km先の小船木町の信号で右折し、県道2号線(朝鮮人街道)に入ります。1.6Km先中村町の信号で左折し元八幡の市街地を進みます。1Km先玉木の信号で右折し、300m先で左折し八幡堀を越えると右手が日牟礼八幡宮です。この先がケーブル駅です。ケーブルで八幡山に登り、村雲御所瑞龍寺が八幡城本丸です。秀次居館はケーブル駅を過ぎると道は山すそに沿って左にカーブします。その先に市立図書館があり、その後ろが八幡公園です。公園奥に秀次像がありますが、左手へ山すそに入って行くと居館跡入口になります。
 
訪城備忘録

八幡山山頂に総石垣の城が残ります。主要部は面積的には小ぶりではありますが、どっしりとした石垣群が本丸を巡ります。野面積みではありますが、石はわりと大きな石が使われています。この城の石垣には矢穴と転用石は無いのかなと思ってましたが、よくよく見ると数か所見ることができます。本丸は村雲瑞龍寺となっていて、その周りを、西の丸北の丸出丸、そして南に二の丸を配します。二の丸は休憩所となってますが、郭の石垣は大きく高い石垣が残ります。

晴れていますと、西の丸からは琵琶湖、水茎岡山城、近江富士(三上山)、琵琶湖の対岸の比叡山、比良山系が望めます。北の丸からは西の湖、安土山(城)、きぬがさ山(観音寺城)を望むことができます。この西の丸、北の丸の下にも石垣が積まれています。さらに、北の丸の北側尾根には堀切と土橋があります。近江八幡城と尾根で繋がっている北ノ庄城の遺構ではないでしょうから、近江八幡城以前にここにあった城郭遺構なんでしょうか?。

西の丸から出丸へ向かう道がありますが、以前は通行止めでしたが、2023年7月時点では通行できるようになってました。西の丸下の石垣へは立入禁止になっていて一部しか見られませんが、出丸は出丸下の石垣を一周できます。 以前、出丸へ行きたい場合は北側麓の八王子神社から登ってました。2020年頃に西の丸下、出丸の下の石垣周囲の木々が伐採され見やすくなったんですが、この頃は西の丸下石垣の所まで行けましたが、2023年現在は立入禁止のようです。

また、ロープウェイを使わずに南側麓から徒歩でも行けます。山腹にはこれといった遺構はありません。麓の八幡公園の西側奥には秀次の居館跡があり、こちらも総石垣のりっぱなものです。居館は長らく立入禁止でしたが、2013年現在は大丈夫です。居館跡から山上主要郭までのルートにも遺構はあったと思われますが、過去の崩落で遺構は消滅しているようです。また、ロープウェイ駅・日牟礼八幡宮の入り口に東西に横たわる八幡堀があります。

**訪城録**

2020年04月、近くを通ったら西の丸下の石垣出丸下の石垣が遠目にも見えるように木々が伐採されてました。観音寺城の大石垣を見習ったのかな? 2020年05月さっそく登ってみました。ここへは北側の八王子神社から徒歩で登ります。麓の八王子神社には「南津田城」の手書きの標識があったりします。途中に津田石舞台という古墳があります。最終的に近江八幡城の出丸に出ます。なお、北側麓は南津田町と言い、津田氏・織田氏発祥の地という石碑があります。2020年09月に同様に再訪しました。

2021年11月、出丸への登城道は八王子神社からだけでなく、青根天満宮からの道も整備されました。また、出丸、西の丸ともに木の伐採などがさらに進み整備されていました。今までここの石垣には矢穴は無いと思ってましたが、西の丸下石垣と本丸北側隅石垣の最低2カ所に確認できました。紅葉は見頃でしたね。

2023年07月 西の丸から出丸に行く道が整備され通れるようになってました。但し、西の丸下の石垣の所は立ち入り禁止になってました。出丸下の石垣は一周できます。

城にはまったく関係無いんですが、近江八幡市に多く残るヴォーリズ建築物をまとめて見ました。
秀次居館石垣
歴史

天正十三年(1585年)に羽柴秀次(豊臣秀次)によって築かれました。文禄四年(1595年)に秀次が秀吉の命により切腹して八幡城も廃城となりました。昭和三十七年に秀次の菩提寺の村雲瑞竜寺を京都より移築されました。江戸期、近江八幡は城下町ではなくなりましたが、秀次が開いた八幡堀を含む水運に優れ、近江商人の町として今日に至ります。

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(番外)
※ 近江八幡 ヴォーリズ建築群・江戸情緒の町並み・日牟礼八幡宮 長命寺 ※


本丸北側石垣
本丸北側石垣
本丸東側石垣
村雲御所瑞龍寺山門と紅葉
本丸南側石垣と紅葉
二の丸下石垣
西側帯郭の紅葉
西の丸からの眺望
北の丸からの眺望
出丸西側石垣
出丸先端下石垣 2023年
近江八幡城遠望(西の丸下・出丸下の石垣が丸見えです)
二の丸のオブジェ
現地案内板より
以前の訪城も含んで  
本丸石垣
本丸石垣
西の丸         出丸      
西の丸から
出丸下石垣(伐採前)
出丸西側下石垣 2021年
出丸先端下石垣 2021年
出丸先端下石垣 2021年
出丸先端下石垣 2021年
出丸東側下石垣 2021年
出丸先端から
出丸先端から
 北の丸        北の丸下石垣
北の丸下石垣
北の丸下石垣
   北の丸北側下石垣     北の丸の先の堀切と土橋
西の丸下石垣
西の丸下石垣・主郭・出丸下石垣を遠望
西の丸下石垣
出丸下石垣
本丸石垣
八幡堀     
八幡堀 夏
八幡堀 冬
八幡堀 冬
八幡堀 冬
八幡堀 冬
八幡山を麓から
秀次居館石垣
秀次居館石垣
秀次居館石垣
秀次居館石垣
  
城跡遠望
水茎岡山城付近より琵琶湖越しに城跡遠望
近江八幡城遠景(右の山)と登り龍のような虹 2024年1月
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(番外)
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近くの城・関連の城:北の庄城