近江 近江 北之庄城



ファイルNo0714

城史がなぞの城ながら、遺構はおもしろい

            主郭南下大堀切   

@ きたのしょうじょう 
  別名 岩崎山城

A住所:近江八幡市北之庄町・南津田町
B目標地点:北の庄神社
C形式:山城  D比高:250m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀切・土橋
G時代/人物:南北朝期・戦国期/川端氏(六角氏)
H満足度:
凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
北の庄神社より40分・近江八幡山城から25分


J撮影・訪問時期:2004年09月・2008年10月
 2015年07月・2021年11月・2023年11月

  

道案内 ←城跡  ←北之庄神社

名神高速竜王インタを下り、国道477号線を北に向かいます。西横関の信号で右折し国道8号線に入ります。600m先日野川を越えた東川の信号を越え、3Km先六枚橋の信号を越え、2.5Km先の友定町の信号を県道26号線へ左折します。(右折は国道421号線です。)2Km先でJRの陸橋を越え、さらに1Km先で県道2号線(朝鮮人街道)と交差する音羽町の信号を越えます。1Km先多賀の信号を越え(ここを左折すると八幡山(八幡山城)の下の日牟礼八幡宮に至ります。)、多賀の信号から600m先で左折します。(角に北之庄町の標識があります。) 400m先で北之庄町に入ると道が急に細くなります。すぐまた右折し進むと突き当りが北之庄神社です。北之庄神社本殿裏手より登りますが、道は荒れていますので注意ください。

または、近江八幡山城の北の丸から尾根伝いに進みます。アップダウンはありますが、比較的道もしっかりしています。
 
訪城備忘録

この城は南に大きな堀切と土橋があって城内はこの堀切に接する主郭(上段の郭)と続けて斜面を下りた所の下段の郭に分かれます。どちらも周囲に土塁がすり鉢状の郭で、高さ的に南の城が高く上の城、七つ池のある郭が下の城でその先がウサギの耳のように両端が延びて狼煙台になってます。この二つの張り出し尾根に挟まれたところに北の虎口があります。また、下段の郭の東端に大きな土塁で形成された桝形虎口があります。大手虎口らしいです。上の城は南の堀切を登ったところです。西側が半円状に張り出した小郭があります。これがこの城跡の全体像です。

この城は八幡山と尾根続きの北東の山頂にあります。北ノ庄神社から登山道をあえぐように30分程度登りますと(尾根に登り、坂道では無くなってすぐです。)、左手側に道とは言えない小道が山道とは別に分岐してあります。<分岐点には案内標柱が立っています> (そのまま山道を歩いていくと、左側に山頂を見ながら道は下りになりますので、そこまで行くと行きすぎです。)小道を歩いていくと少し左手に進みますと説明板のところに至ります。ここで八幡山の尾根道と合流します。再び少し登りなり、小さな堀切を越え、小さな郭を越えると主郭(上段の郭)下の大堀切に出ます。
近江八幡山城から尾根伝いに向かうと道はしっかりしていて、途中、堀切があったりします。説明板のそばに到達します。上記の通り進むと主郭(上段の郭)下の堀切です。

この堀切は見応えがあります。主郭と堀切底は5m程度あるでしょうか、土橋も明瞭です。この土橋を渡って上の郭に入ります。主郭は山頂をすり鉢状に掘り込んである変わった構造のものです。堀切側に凸状に土塁が屈曲して突出している箇所もあります。主郭よりさらに北側にさらに掘り込まれたような郭があり、主郭より広い感じです。主郭とこの郭とをつなぐ虎口に石積みの痕跡のようなものがありますが遺構かはわかりません。主郭(上端の郭)は50m程度の円形に近い郭で、下段の郭は南北100mほどある楕円形の郭です。下段の郭の東側虎口は高さ3mほどの土塁でみごとな枡形虎口でした。これは驚きです。下段の郭内は西側半分が七つ池と呼ばれる円形の池が複数あります。中央付近に南北に低い土塁状の高まりがあり、この東側が郭として使われていたと思われます。西と北にも平虎口があり、これも明瞭です。下の郭の北側、東西に伸びた尾根があり、双方がのろし台(櫓台)のようになっていて、現在は展望台になってます。東側ののろし台(櫓台)から北側に下りると浅い堀切・空堀状になってました。その先は大きく下がったところが鞍部となり、望西峰のある山へ向かう登りと、ヴォーリズ記念病院に下りる道の分岐点になってます。この城、伝承での観音寺城の関連だけではなく、枡形虎口の完成度を考えると織田期にもなんらかの機能をしていたのではないかと思います。

2008年10月再訪
以前は藪状態でしたが木々が伐採され、堀切、土橋、それに続く空堀が明瞭に見られました。城内も木々が伐採され、見通しが利き、擂り鉢状の郭内、周囲を巡る削り残しの土塁が明瞭に分かります。

2021年11月再訪
久しぶりに行ってみましたが、郭の外側の堀切と土橋は見やすかったですが、一時期綺麗になった城内ですが、どんどん郭内全体が再藪化してしまってます。桝形虎口もシダの藪藪ですね。 北側の狼煙台のところだけは見通しがいいように整備されてました。

2023年11月再訪
第22回琵琶湖一周のろし駅伝を見学に登ってみました。実は2年前もそうだったんですが、八幡山城で時間を使ってしまい、到着したときには終わっていました。今回は八幡山城経由ではまた同じことをしそうだったんで北の麓の百々神社側から縦走路で登りましたが、一山越えないといけないので、長くてきついです。(笑) しかしながら、なんとか間に合いました。(笑) 長光寺城ののろしはよく見えましたが、水茎岡山城ののろしは見えませんでした。遺構については、「守る会」が今年に設立され、少しづつ整備をされているようです。枡形虎口のところや七つ井戸の一部が伐採されきれいになってました。今後も整備されるようです。

主郭の張出土塁(2004年)
歴史

築城時期・築城者など詳細は不明です。 観音寺城六角氏関連と考えられるとの事ですが、遺構から織田信長侵攻後にも改修された可能性が指摘されています。

2023年、地元では「北之庄里山を守る会」が設立され、山城の整備等を行われています。今年の「琵琶湖一周のろし駅伝」(第22回)では記念御城印が配布されましたが、これには城主を川端(八幡)左馬頭義昌と記されてました。川端(八幡)義昌は六角氏綱の子という説があるようで、この地に居住したと伝わるようです。北之庄城は南北朝に六角氏頼(崇永)が築城したともされるようです。
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東端大手桝形虎口      北側虎口    
現地案内板より
現地案内板(イラストタイプ) 2023年設置
南下大堀切
南下大堀切と土橋を上から見る
主郭(上段の郭)の張り出し土塁
東端の大きな土塁で形成された桝形虎口
下段の郭の北側虎口
下段の郭の北側(東)のろし台(櫓台)
北からの眺望
  
近江八幡山城北の丸から城跡遠望
城内から近江八幡山城遠望
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2023年のろし駅伝登城記念御城印
北之庄城のろし
北之庄城から見える長光寺城ののろし

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