美濃 / 苗木城



ファイルNo0930

江戸期遠山氏の居城

                            矢倉石垣(風吹門跡)

@ なえぎじょう 
  別名  −−−−−

A住所:中津川市苗木
B目標地点:苗木遠山資料館
C形式:山城  D比高:80m 
E現況:公園・山林

F遺構等:郭・石垣・堀・土塁・石碑・説明板
G時代/人物: 戦国期/遠山氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  遠山史料館より15分

J撮影・訪問時期:
2000年02月・2003年10月 
             2016年02月 他

  

道案内 

中央高速道の中津川インタを下り、国道19号を中津川市街方面に進むと300m先で二股になり斜め左の国道257号に入ります。国道は1.5Km先の青木の信号で左折となります。さらに、1.5Km先で中津川道路に入り、木曽川を渡ります。渡り終えてすぐの路地を右折し道なりに行くと600m先に苗木遠山史料館があります。史料館の背後に右手へ登って行きます。5分で最終の足軽屋敷下に至りますが、ここの下にも駐車場奥はあります。
 
訪城備忘録

史料館から登っていくと、足軽屋敷を越え、風吹門跡に至り、左手に大きな櫓の石垣があります。ここの城の石垣は岩山に無理やり積み上げられたように大矢倉の石垣にしても、本丸の石垣にしても、他の城跡では見られない形になっています。それにしてもこの城は狭い岩山の城地によく言えば巧みに、悪く言えば無理やり郭を作り石垣を積み上げた感じの城です。それが、石垣だけの城跡になった今は、なんとも言えない石垣の曲線美のようなものすら感じます。 往時は各郭に敷地からはみ出した形で殿舎が建てられていたようで、想像すると見てみた気持ちになります。(史料館に苗木城のジオラマと風吹門の門扉が展示してありますがね。) 本丸は岩山の頂上で、ここも広いとは言えず江戸期の城としては本丸というか象徴的な場所であったように見えます。今は木で骨組みを組んで展望台になってます。ここからみる眺望は木曽川・恵那山が望め、そりゃ気持ちがいいですよ。

歴史

築城時期ははっきりせず、鎌倉期末の築城説もありますが、天文年間(1532〜1527年)に遠山直廉が築城したともされます。元亀三年(1572年)に直廉が病没すると織田信長の命により飯羽間城の遠山友勝が苗木城へ移りました。さらに、友勝の死後はその子の友忠が阿寺城から入りました。天正十一年(1583年)に金山城の森長可に圧迫され友忠は苗木城を退去し徳川家康を頼りました。城は森氏の支城となった後、森氏が信濃川中島へ転封後は川尻直次が領しました。関が原の合戦時、家康の命を受け遠山友忠の子・友政が苗木城を奪還し、恩賞としてこの地を賜り15000石を領して苗木城を居城とし、遠山氏は明治まで続きました。

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城跡遠景
四十八曲り道(大手道)の麓近くの石垣
駈門を外から(四十八曲り道の虎口)
大矢倉
大矢倉を菱櫓門付近から
本丸口門そば石垣                    本丸石段と石垣
本丸より恵那山方面                   笠置櫓からの眺望
本丸下的場
笠置櫓郭から本丸を見上げる
     本丸の城址碑     史料館にある風吹門の門扉
  
本丸石垣(2000年2月撮影)

近くの城・関連の城: 岩村城 広恵寺城  阿寺城