飛騨/ 増島城



ファイルNo0428


                                     櫓台石垣  

@ ますじまじょう 
  別名  −−−−−
A住所:飛騨市古川町片原町〜殿町  
     旧:吉城郡古川町
B目標地点:増島天満神社・古川小学校

C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:神社・宅地

F遺構等:櫓台石垣・移築城門
G時代/人物: 戦国期/金森氏 
H満足度:
凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  1分


J撮影・訪問時期:1999年08月・2005年08月
             (2017年05月)

  

道案内  

国道41号線からJR高山本線の飛騨古川駅を目指します。高山市内から富山方面に向かった場合、国道の新蛤橋手前の信号を右折し700m直進し増島橋で荒城川を渡ります。渡った右手に天守台のある増島天神ですが、道はいったん道なりに左にカーブしすぐ右折し県道473号線に入ります。高山線の手前で右折し古川小学校の隣が天満神社です。

 
訪城コメント

城域の東南に当たる箇所の櫓台石垣と内堀が唐突な感じで残っています。石垣は相当に手が加えられているのでしょうが、反りのある石垣は姿としては形がいいです。また、林昌寺・円光寺に城門が移築されています。

歴史

天正十四年(1586年)〜十七年(1589年)頃、金森長近が築城したとされます。(慶長五年完成という説もあるようです。)養子の可重に南吉城に一万石を与え増島城主としました。慶長十二年(1607年)に長近が没すると可重が高山城主となったため、可重の子の重近が増島城に入りました。しかし、可重の死後に徳川秀忠の命で高山城は重頼が継ぎ、重近は入道して宗和と号し京都で茶道の宗和流の祖となります。元和五年(1619年)に一国一城令により増島城は廃城し古川旅館と改称して留守居役を置きました。元禄五年(1692年)に金森氏が移封となり、加賀藩によって高山城とともに破城されました。

櫓台石垣(西より)                移築城門(林昌寺)
映画「君の名は」風・・・。
飛騨古川駅
古川祭 起し太鼓           一番町の水路沿い
造り酒屋
偶然に通りかかった峠の村の祭       峠から古川方面     

近くの城・関連の城:高山城 小島城 野口城 百足城 蛤(古川)城