伊勢/ 大河内城



ファイルNo1005

北畠氏・織田氏攻防の城

                            本丸と西の丸の間の堀切

@ おおこうちじょう 
  別名 

A住所:松阪市大河内町 
B目標地点: 
C形式:平山城  D比高:40m 
E現況:神社・山林

F遺構等:郭・堀切・切岸・石碑・説明板 
G時代/人物:室町期/北畠氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  10分

J撮影・訪問時期:2004年08月

  
馬場

【道案内】  

伊勢自動車道松坂インタを下り、すぐの信号を右折し県道59号に入り南下し4.2Km先の三郷橋を渡ると国道166号線の信号で、これを右折し国道166号を進みます。(国道166号線は松阪市中心部の大黒田西の信号で国道42号線と分岐しから西に向かう国道です。)2.1Km先で広阪のバス停を越えたあたりで右折し阪内川を渡り西運寺前で右折した裏山が城跡です。



【訪城備忘録】

麓より進みますと右手に馬場を越えて台地上に登ると本丸に至ります。本丸は現在は神社で、本丸から二の丸を通り背後に廻ると西の丸との間に明瞭な堀切が残ります。これは深く明瞭な堀切です。この堀切から続く北側の谷はまむし谷というらしい・・(コワッ) 西の丸の西側・北側の一段下に郭がありますが、藪状態で見通せませんでした。 



【歴史】

応永二十二年(1415年)、北畠氏三代の北畠満雅が阿坂城に籠城した際に築城し弟の顕雅が在城しました。以後、顕雅の子孫の居城となり大河内御所と呼ばれました。永禄十二年(1569年)に織田信長の伊勢侵攻の際、北畠国司家八代の具教は本拠を多気からここに移しました。具教は信長の次男信雄を北畠氏の養子にして和睦し、信雄はここを居城としましたが、天正三年(1575年)に田丸城に移り、廃城になりました。


  
本丸の城址碑
  
西の丸
     
  

近くの城・関連の城: 霧山城  北畠氏館  阿坂城  高城城  田丸城