播磨 / 明石城



ファイルNo1574

現存櫓が残る

                            

@ あかしじょう  ▽ 
  別名 喜春城・錦江城

A住所:明石市明石公園
B目標地点:JR明石駅・明石公園
C形式:平山城  D比高:20m 
E現況:公園・市街地・公共施設

F遺構等:郭・現存櫓・石垣・水堀
G時代/人物:江戸期/小笠原氏・松平氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  JR明石駅から本丸まで10分

J撮影・訪問時期:2007年03月

  

道案内  

第二神明道路の大蔵谷インタより県道21号線を進み、1.6Km先の山陽新幹線のガード下の白水橋の信号で左折し県道16号線に入り伊川沿いに2Kmほど進みます。県道52号線へ左折し1.6Km先が明石駅前です。その間の左手が明石公園で、公園有料駐車場は県道52号線の明石駅近くにあります。または、国道2号線の大明石町1の信号で右折し、JRのガードをくぐるとすぐです。   

訪城コメント

以前に訪城した時はまだ大震災の後の修理中でしたが、今は修復もすでに終わっており、二つの現存櫓が美しいです。 本丸から二の丸・東の丸と直線状にならぶ主要部の石垣は、三の丸(現広場)からみるとまるで屏風のようです。


艮櫓跡より桜堀側を見る
歴史

元和三年(1617年)に小笠原忠真は松本より十万石で移封となり、船上城に入城しましたが、手狭であったため、明石城の築城を開始し、元和五年(1619年)に完成しました。忠真は寛永九年(1632年)に小倉に転封となり、寛永十年(1633年)には松平(戸田)康直が入城、その後は大久保氏、松平(藤井)氏、本多氏などが居城し、天和二年(1682年)に越前大野より松平直明が六万石で入城し、以後、松平氏(越前系)が明治維新まで続きました。


坤櫓        三の丸より       巽櫓

現地案内板より
  
坤櫓の窓より巽櫓を見る                 坤櫓<ひつじさるやぐら>  
東の丸 東の丸石垣と薬研堀
二の丸の桜堀側石垣
本丸石垣と桜堀                  天守台石垣
坤櫓
坤櫓                       巽櫓

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