伊予 / 今治城



ファイルNo1484

日本三大水城のひとつ

                         模擬天守   

@ いまばりじょう 
  別名 

A住所:今治市通町3丁目
B目標地点:吹揚公園
C形式:平城(水城)  D比高:−−m 
E現況:公園・市街地

F遺構等:模擬天守・復元櫓・復元門・石垣・水堀
G時代/人物:戦国期/藤堂氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分

J撮影・訪問時期:2006年05月・2008年10月
             2014年08月・2015年05月

  

道案内 →駐車場

今治小松自動車道の今治湯の浦インタを下り、国道196号線に入ります。12km先の片山の信号で右折し国道317号線に入ります。(西瀬戸自動車道の今治インタで下り、国道196号線で1km先が片山の信号で、左折になります。) 2.8km先のドントビの信号で右折し県道38号線に入ります。1.1km先の旭町4丁目の信号で左折します。800m先を左折し、200m先が鉄御門前の駐車場です。
 
訪城コメント

本丸・二の丸の城域とそれを巡る石垣、水堀が残り、模擬天守、復元櫓などが建っています。訪城時は鉄御門(くろがねもん)が復元工事中で、掘り出された石垣が見られました。高虎らしい平城という印象でした。

2008年10月
鉄御門の復元工事が完成後に立ち寄りました。堂々とした枡形櫓門、木造での復元のため、風格もあり、周囲を壊さない復元です。
2014年08月・2015年05月
なぜがよく寄せていただく四国の城跡になってます。^^V 

手前:山里櫓 奥:武具櫓
歴史

藤堂高虎が宇和島より伊予半国二十万三千石を与えられ、今治に慶長七年(1602年)に工事を開始、慶長九年(1604年)に完成させた城です。慶長十四年(1609年)に高虎は伊勢に移封となりましたが、養子の高吉が二万石で残りました。寛永十二年(1635年)に高吉が伊賀名張に移って、伊勢長島より松平(久松)定房が三万石で入封し、松平氏が明治維新まで続きました。今治城は高松城・中津城と合わせ、日本三大水城と言われます。また、今治城の天守は慶長十五年(1610年)に丹波亀山城に移築されました。これは、高虎が幕府より丹波亀山城の普請手伝いを命じられた際に、伊賀上野城に移築予定の天守を丹波亀山城に移築したものです。

山里郭と模擬天守
内堀と石垣
鉄御門と武具櫓
模擬天守

模擬天守                       復元鉄御門全景
内堀と石垣
鉄御門(外側より)
鉄御門(内側より)

  

    本丸石垣           鉄御門石垣(復元工事中)
   
現地案内板より
 

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