信濃/ | 林大城 |
ファイルNo0382 |
@ はやしおおじょう |
道案内 | |||
松本城・松本市役所近くの国道143号線城東2丁目の信号から国道67号線で東に向かいます。2.3Km先の兎川寺の信号で右折し県道297号線に入り南下します。700m先で薄川の金華橋を渡ります。この橋の袂左側に説明板と登城道があります。ここより徒歩で40分程度で主郭です。または、車の場合は、金華橋を渡りすぐ左折し川沿いを走り1Km先の川久保橋のところで右折して橋倉町に入り公民館のところから林道が城跡まで続いていますので車ではこちらから行けます。 |
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訪城備忘録 | |||
前回は金華橋の所より徒歩で主郭まで行きました。金華橋袂から主郭まで1Km程度の道のりです。尾根先端までは7つ折れして登ります。尾根先端に出てから先は数多い段郭が道の両サイドに続きます。途中浅い堀切や石垣の痕跡も認められますが、草木が多い時期でしたので埋もれてしまってよくは確認できませんでした。(実は前回は出張の2日目ホテルから朝7時前に出て背広・革靴で登ってしまいました。(^_^;)) 林道との合流より先は主郭を含む主要部で空堀は深く明瞭です。主郭は楕円形のような形で周囲を土塁が巡り土塁の主郭内側には一部石垣も残っています。城域・郭の広さは本城にふさわしいという規模ですが、遺構という点では他の小笠原氏系の城(林小城・埴原城・山家城・桐原城など)に比べ物足りない気がします。 |
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七代の小笠原清宗の時代(永享から嘉吉年間<1440年前後>)に林(大)城を築城し井川館より移りました。天文十九年(1550年)の武田氏侵攻で埴原城が落城した時点で自落し、小笠原氏は村上氏を頼って敗走しました。 |