信濃/ 埴原城



ファイルNo0380


                            主郭下石垣 @

@ はいばらじょう 
  別名  −−−−−

A住所:松本市中山
B目標地点:蓮華寺 (松本市中山4464) 
C形式:山城  D比高:200m 
E現況:山林

F遺構等:郭・石垣・堀・土塁・堀切・竪堀・碑・説明板
G時代/人物:鎌倉期〜/村井氏(埴原氏)
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  蓮華寺より50分

J撮影・訪問時期:2004年05月

  

道案内   ←城跡    ←蓮華寺

松本城・松本市役所近くの国道143号線の城東2丁目の信号から国道67号線で東に向かいます。女鳥羽川を渡りすぐの清水の信号で右折し700mほど南下し松本松南高校前で左折し県道63号線に入ります。すぐにあがたの森公園で道は右折し筑摩橋で薄川を渡ります。県道は橋の袂で左折してすぐに右カーブです。ここは筑摩神社前です。ここより県道63号線を約8Kmで中山小学校・市立考古博物館周辺の県道287号線との分岐交差点に達します。ここよりさらに1Km先栄珠院という寺を越えたあたりに左に入る道があります。入り口に埴原城の説明板と蓮華寺の石碑標柱があります。ここの坂を登るとすぐ左が町村公民館です。公民館より300m先が蓮華寺で、寺を正面にして左手方向に登山口がありますのでそこを登ります。
 
訪城備忘録
蓮華寺

蓮華寺左手より坂を登り出します。この周辺は屋鋪跡のようです。坂をいったん登りきると道標があります。まっすぐ行って草むらを抜ければ木立の中にきちんとした山道がありますが、道標の左手にうっすらと道があります。この道は山腹で消えてしまいましたが、竪堀伝いに尾根まで直登しますと埴原城の遺構を尾根先端から見ながら行くことができます。先端より小郭が続きます。郭と郭との間の堀切<写真E>が大小5条程度確認できますが、主郭方向に近くなるほど深く明瞭です。しばらく行くと本来の山道と合流しさらに登りますと説明板のところに達します。この辺は二の郭です。ここから東側の尾根に進むと三の郭ですが草木が多くて断念しました。ここよりさらに登ると主郭です。南側より入りますがすでに石垣の痕跡<写真D>があります。主郭東側下には比較的に石垣が良く残り特に高さ2mで10m程度の石垣<写真@>が残っている箇所があります。主郭北側背後は堀切から竪堀<写真A>に連結しています。竪堀のところより主郭西側下の石垣<写真B>が見えます。これら主郭部の先は主郭部から20mくらい降りる谷が東西に走っています。巨大な堀<写真C>という感じで、人の手が加わっていると感じられます。その谷より北側の山中に向かって竪堀風の沢が続いていますが、これも人の加工が感じられます。どこまで続いているのか確認を断念したくらい長大です。資料にはこの先が最後の城で「御天城」と呼ばれる城はあるようです。

主郭南側を見る
歴史

鎌倉期に埴原氏は村井の地に館を構えて村井氏を称しました。小笠原貞宗が府中(井川城)に本拠を移して以後村井氏は小笠原氏に従いました。天文十九年(1550年)に武田晴信(信玄)の侵攻でまっさきに攻撃され落城しました。ここが落ちたため林大城を始めの諸城は自落し小笠原氏は佐久に逃れました。

主郭北側竪堀 A        主郭西側下石垣 B
主郭群北側の谷なんでしょうが巨大な横掘かな? C
主郭南側の石垣 D
支尾根先端の堀切 E
  

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