山城 / 一乗寺山城



ファイルNo2629

比叡山中腹の山中、そこには明瞭な城跡が残っていた

                主郭北側虎口の堀    

@ いちじょうじやまじょう 
  別名 

A住所:京都市左京区一乗寺城
B目標地点:曼殊院
C形式:山城  D比高:300m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・土塁
G時代/人物:戦国期/渡辺氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  40分

J撮影・訪問時期:2011年04月

  

道案内 ←登り口のひとつ ←城域

堀川北大路の交差点から説明しますと、堀川通り(府道38号線)から北大路通りを東に向かいます。2.8Km先が高野の信号で、さらに1Km先が白川通り北大路の信号です。ここを左折し、白川通りに入り、北に向かいます。曼殊院通りの信号で右折し詩仙堂方面に進みます。150m先の史跡一乗寺下り松の十字路で左折し府道103号線に入ります。500mのY字を右手に進み、800m先が曼殊院です。曼殊院山門を正面に右手方向に進みます。塀沿いに進むとゲートがある山道があります。この山道は城の大手道らしいですが、今は比叡山一本杉への登山口のひとつになるようです。ここから徒歩で進んでいきます。最初に右手橋を渡ると瓜生山に向かう分岐点がありますが、橋を渡らないでそのまま直進(比叡山方面)に進みます。道は途中崩れていて川(沢)を歩く箇所もありますが、そのまま進み、右手に山道が見えたところで反対側に渡り、その山道を進みます。5分も進むと山道は大きくU字に進み、尾根に向かって登ります。ジクザグに登って行きますが、途中、山道が崩壊して危険なところがあったり、巨石を避けて崖そばを通る箇所もあります。八割ほど登ると京都市内が眺望できる箇所を越えると巨石の城門のような箇所を通過します。この辺は番所あるいは見張りの郭になっていたかのような平坦地もあります。最後の直線を上ると京都トレイルの65標柱に至ります。そのまままっすぐ比叡山一本杉に向かってさらに登ります。(右手尾根は北白川方面へ至る尾根道でトレイルの64標識方面です)南高山の案内板を越えて、500mほど進むと左手に「城」という標識があります。ここを登ると城域です。この地点を越えるとトレイルの66標識に至ります。ここに左手に進む道が分岐しており、ここを入り堀切状の箇所から左に登っても城域に至ります。

京都トレイルでのコース
出町柳駅から今出川通りで銀閣寺へ向かいます。白川通りとの交差点の白川通今出川の信号の左北側に「52−1」の道標がありここに入ります。途中で志賀越道に入り、乗願院前で左折し御蔭通りに入ります。すぐに右折し山の方に向かいます。「東山56−1」の標識から山に入ります。その後、将軍山城跡、北白川城出丸の付近を通過して「東山63」→「東山64」の標識の先から一乗谷堀切の住所です。
あるいは、雲母坂城への登り口から登って雲母坂城からさらに比高で100mほど行ったところが水飲対陣碑があり、ここから比叡山側ではなく東山尾根側のトレイルを歩けば城域に到達します。距離的には雲母坂城経由の方が近いかも。
さらには、勝軍山城(北白川城)からら行くという方法もあります。

訪城備忘録

住所は「一乗寺城」、まさに城です。^^V この辺は「一乗寺○○」という住所が多いですが、「一乗寺堀切」、「一乗寺堀の内」なんていう住所もあり、どれも城に関連しているようです。さて、一乗寺山城ですが、南の郭群と主郭であろう北の郭に分かれ、真ん中を掘底道が通っています。南の郭の中心郭には北側に虎口土塁が残り、仕切土塁などがあったりとわりと明瞭で技巧的な構造でした。中心郭の南下には段郭があり、さらにその先、大きな鞍部があって、尾根が続きます。明瞭な遺構は無いんですが、途中に虎口のように見える低い土塁が横たわる箇所がありました。北の郭と南の郭は大手道?なんだろうか掘底道が城域を分断しています。主郭と思われる郭は南と北に虎口があり、西側の土塁は高いです。北側の虎口の土塁も明瞭で外側に堀が横たわっています。北の虎口の先は三角点のある山頂ですが郭があるようには見えません。この先は今は切通しで、往時は大きな堀切と思われる箇所があります。遺構はあまり期待しないで登りましたが、なかなかの状態で残る城跡でした。しかし、比高300mでかなりきつかった上、間違えてトレイルコースの65から64を行ったり来たりしてなかなか城域の場所が分からず歩いたです。ただ、このトレイルコース、思った以上に人が多い。この日、尾根上に2時間くらい居ましたが、20人くらいの方にすれ違ったです。皆さん、北白川から比叡山一本杉までのトレイルコースを歩いておいでのようです。

*トレイルコース=京都のハイキングコースで京都市内至る所で整備されていて、京都一周トレイルもできるようで、何回かに分けて歩いておいでのようです。
城門のような巨岩の通路
歴史

築城時期、築城者は不明のようですが、渡辺氏の詰め城とされます。「一乗寺堀の内」にあった宮内少輔城(別名:渡辺城)が平時の居館のようです。足利義昭が織田信長と争った際に渡辺宮内少輔晶は、静原の山本氏山中の磯谷氏とともにこの城に籠り、信長に対抗したとされるようです。渡辺氏は信長に降伏し、城は廃城となりますが、その後は信長に臣従し、さらに、豊臣秀吉に従ったようです。子の渡辺内蔵助糺は豊臣秀頼に従い、大坂夏の陣で討死しました。なお、渡辺氏は嵯峨源氏で名前が一文字が多いなぁ。渡辺氏の始祖の渡辺綱、槍の勘兵衛の渡辺了などが有名ですな。

南の郭の虎口土塁       主郭と土塁
林道沿い「城」の標識    南の郭の土塁
南の郭の土塁       南の郭下段郭
南の尾根にある虎口状地形     尾根から見る比叡山
主郭側から堀切越に南の郭を見る     主郭と南の郭を隔てる堀
  主郭南虎口      主郭南虎口外側から堀
三角点         堀切
城跡までの道案内
曼殊院山門     曼殊院石庭
寺の横にあるハイキングゲート        案内板    
瓜生山との分岐点<まっすぐ行きます。橋は渡らない>
一時道が無くなり沢を歩く    この地点で反対側へ渡る
道は大きくU字で尾根へと登る  尾根道で巨岩を避ける箇所
城跡手前での眺望        トレイル「65」の標識
南高山の標識         トレイル「66」の標識
住所「一乗寺堀切」付近
なんとなく堀切・土橋のような道
トレイル「64」の標識                  −    

詩仙堂

近くの城・関連の城:雲母坂城 勝軍山城(北白川城)