近江 高尾城



ファイルNo3113


            横掘と土塁

@ たかおじょう 
  別名 鷹尾城・鷲尾城? 

A住所:甲賀市土山町鮎河
     旧:甲賀郡土山町

B目標地点:鮎河小学校・鷹尾山地蔵堂
C形式:山城  D比高:60m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・竪堀・堀・標識
G時代/人物:南北朝期/頓宮氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  10分

J撮影・訪問時期:2016年06月

  

道案内 ←登城口   ←城跡

滋賀県側鈴鹿峠の手前、国道1号線の猪鼻の信号を北に入り県道507号線を進みます。この県道は鈴鹿スカイラインに向かう県道です。鮎河地区に入り、鮎川小学校の裏手500m東の山上(東野集落の東端)に城跡はあります。鮎河小学校を越え、約100m先を右折し、約200m先で道は右にカーブしており、この100m先が鮎河城伝承地です。 このカーブしているところの左手、鷹尾山地蔵堂の背後の山が城跡です。

訪城備忘録

地蔵堂左手背後、墓地の裏手に登城道があります。登城道といってもけもの道程度かな^^; 尾根先端頂部を主郭として、東西に堀切があり、南側に横掘とそれに伴う土塁が残ります。斜面に竪堀もありますが、標識には畝状竪堀と書かれていますが、そんなには無いように見えます。ここは、鮎河城山上の城と尾根で繋がっている感じで(途中大きな谷部がありますから繋がっているとは言い難いかな)、鮎河城山上の城の北の出城的な役目のようです。 鮎河城山上の城、高尾城ともに頓宮氏の城で南北朝期、南朝方として戦った城となりますが、今有る遺構は戦国期の技法ではあるんですが、山上の城が尾根を隔てる堀切主体のものに対して、高尾城は南側の横掘が印象的な城です。

登城口案内
歴史

建武年間(1334〜38年)に、頓宮弥九郎が築城したとされますが、戦国期に黒川氏が改修したと考えられます。<現地案内板より>


主郭西側の堀切         東側下から堀切越しに主郭切岸
主郭           横掘の土塁
  
現地案内板より
地蔵堂と背後の裏山が城跡
主郭南下横掘と土塁

近くの城・関連の城:鮎河城山上の城 鮎河城(館)・黒川氏城