近江 / 目加田城



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                                城址碑

@ めかたじょう 
  別名  目賀田城

A住所:愛知郡愛荘町目加田
     旧:愛知郡秦荘町目加田
 
B目標地点:目加田公民館
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:宅地・公園

F遺構等:土塁・碑・説明板
G時代/人物: 戦国期/目加田氏 
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  目加田公民館横

J撮影・訪問時期:2000年10月・2005年4月

  

道案内 

近江八幡方面から国道8号線で彦根方面に向かうと、長野北の信号を越えて1Km先宇曽川を越えてすぐの沢の信号を右折し県道220号線を進みます。県道は600m先でクランク状に進みます。近江鉄道を越え、日栄小の横を越え、小学校から800m先で左折し目加田集落に入ります。(県道は集落を避けてバイパス状に川沿いを進みます) 集落に入り200mほどで右手が目加田公民館です。この奥が城跡です。

 
訪城記録

公民館の裏手が城跡です。2004年に城跡は整備されました。主郭土塁が芝生に覆われた形になっていました。

整備なった土塁
歴史

天正四年(1576年)に織田信長が安土城を築くに当たり、目賀田山(今の安土山)を信長に譲り、目加田氏第42代目加田摂津守貞政の所領地である光明寺野(今の目加田)に新たに城を築きました。目加田氏は六角氏の観音寺騒動の後、浅井長政に従っていましたが、浅井氏滅亡後は織田信長に従い二万石を領しました。天正十年(1582年)に本能寺の変が起こり、明智方であった目加田家第43代摂津守堅政は浪人となり、城は慶長2年(1597年)に廃城となりました。<現地案内板より>



  

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