美濃 / 妻木城士屋敷



ファイルNo0928B


                            屋敷石垣

@ つまきじょうさむらいやしき 
  別名 

A住所:土岐市妻木町 
B目標地点:
C形式:平山城  D比高:10m 
E現況:畑地・山林

F遺構等:郭・石垣・碑・説明板
G時代/人物: 戦国期/妻木氏
H満足度:
凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  県道沿い1分


J撮影・訪問時期:
2001年05月・2018年02月

  

道案内 

中央高速道の土岐インタを下り、国道21号線から国道19号線に向かいます。大冨の信号で右折し国道19号線に入ります。2.1Km先の泉池の上町の信号で左折して県道19号線に入ります。県道は妻木川沿いを南に向かいます。6Km先で妻木小学校横を通過し、さらに1.5Km先で右折し県道388号線に入ります。500mほど左側に妻木城士屋敷跡があります。ここを奥に入って行きますと左手方向に伸びる山上の妻木城への登り道があります
 
訪城備忘録

県道沿いより幾段かの郭跡が連なります。 碑には妻木城士屋敷と書かれていますが、中世は妻木城の居館、江戸期は旗本妻木氏の陣屋及び家臣の武家屋敷跡です。整備されている碑がある周辺以外に妻木城への登り道反対側や県道の反対側にも屋敷跡があり、石垣が往時を思わせます。


城址碑と石垣
歴史

関が原の合戦の後の慶長六年(1601年)に頼忠は家康より妻木の所領を認められ、7500石で交代寄合となりました。その後、頼利、頼次と継ぎますが、頼次は7000石を領し、頼次の弟の幸弘に500石を分与しました。万治元年(1658年)に頼次が跡継ぎがないまま没し、妻木氏嫡流は断絶しこの居館群も廃されたとされます。 (ただ、幸弘の分家は、本家断絶後も妻木に住したようです。)

御殿屋敷
池跡         井戸跡
門跡石段
 
石垣と郭
   門跡                 林の中の石垣
  

近くの城・関連の城:妻木城 小里城 明知城