美濃 / 郡上中山



ファイルNo0443


                            麓の城址碑

@ なかやまじょう 
  別名  葺山城(ふきやま)

A住所:郡上市八幡町相生
    旧:郡上郡八幡町
 
B目標地点:
C形式:山城  D比高:160m 
E現況:山林・公園

F遺構等:郭・石碑・説明板・(石垣)
G時代/人物:鎌倉期・戦国期/福手氏・東氏・稲葉氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  中腹の館跡から20分?

J撮影・訪問時期:2002年04月

  

道案内 

東海北陸高速道美並インタを下り、国道156号線を郡上市(郡上八幡)方面に進みます。7Km先、相生の信号で左折し、国道256号線に入り、法伝橋を渡ります。長良川鉄道を越えすぐ(相生の信号から300m)を右折し県道61号線に入ります。しばらく進むと左手に登る坂があり、この入口に中山城址の石碑があります。ここを登り居館跡まで行きます。 
訪城記録

中腹の広場の老人憩いの施設より山中に入ります。尾根まで10分ほどで登りますが、この先は崩落がひどくてこの日の装備では危険と判断し主郭まで行くのは諦めました。資料には主郭の虎口周辺には石垣が残存しているようです。主郭に届いていないので途中断念なのですが、葺山城としては居館部が主郭ですから攻略としました。^^;;

中腹の館跡
歴史

治承二年(1179年)に福手氏が山の中腹に葺山城を築いたのがこの城の始まりです。福手氏は鷲見氏に属して南北朝期は行動しました。中山城としては天文十年(1541年)に東常慶が苅安城の遠藤盛数に備えるために築城したと伝わります。永禄二年(1559年)に遠藤氏が東氏を追い落とした後は苅安城とのつなぎの城と成ります。天正十六年(1588年)に遠藤慶隆が加茂郡に減封された後は郡上八幡城には稲葉貞通が入り郡上八幡城を大改修するとともに支城を整備した際、ここの拡張されたとされます。関が原の戦い以後に再び郡上には遠藤氏が復帰しますが、元和一国一城令で中山城は廃城になりました。葺山城時代の城域は中山城となってからは居館部とし、山頂に主郭があります。


  

近くの城・関連の城:郡上八幡城