東三河/ 牧野城



ファイルNo0123

高さのある土塁がL状に残ります。土塁の断面が観察できます。

                            土塁

@ まきのじょう 
  別名 

A住所:豊川市牧野丁畑  
B目標地点:
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:畑地

F遺構等:郭・土塁・碑 
G時代/人物:戦国期/牧野氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  1分

J撮影・訪問時期:2002年09月

  
土塁(南側から)

【道案内】 

東名高速道豊川インタを下り、国道151号線を豊橋方面に向かい四つ目くらいの牧野町交差点を左折、500mほど行った先の信号のない交差点を左折、左手にビニールハウスを見ながら200mほど進むとT字にぶつかります。正面のビニールハウスの左手に大土塁が目に入ります。T字を左折、すぐに右折すると土塁の所です。
  



【現況・訪城備忘録】

豊川の豪族牧野氏の初期本城です。廻りが畑地・ビニールハウスが立ち並ぶ場所に土塁は3m程度の高さでL字が奇跡的な感じで残っています。土塁の上に碑があります。もともと土塁は主郭を巡っていたと思われますが、今は部分的にしか残っていませんが、その分、土塁の断面が観察できます。

【歴史】

四国讃岐の田内成富が応永年間(1394年〜)に牧野村に居住し、牧野氏を名乗り三河守護一色氏の家臣となりました。 牧野成時(古白)の時に勢力を拡大します。その後、明応二年(1493年)に一色氏を駆逐した波多野氏を破った成時は一色城に移り、永正二年(1505年)に今橋城(吉田城)を築いた時点で牧野城は破却されました。

  
土塁の上の城址碑
  
  
  

近くの城・関連の城:瀬木城  一色城  吉田城