東三河/ 三河吉田城



ファイルNo0118

池田輝政未完の城

                            豊川対岸より復興鉄櫓

@ よしだじょう 
  別名 今橋城

A住所:豊橋市今橋町
B目標地点:豊橋市役所・豊橋公園 
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:公園・市役所など

F遺構等:復元櫓・堀・土塁・石垣・石碑・説明板
G時代/人物:戦国期〜近世
  /
牧野氏〜戸田氏〜池田氏〜松平氏など

H満足度: 凸凸凸☆
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  豊橋公園内豊橋球場から8分

J撮影・訪問時期:2001年12月・2003年6月 
             2014年12月 他

  
千貫櫓上の城址碑

【道案内】 

豊橋駅より路面電車で4つ目の豊橋公園前で下車。または、国道1号線沿い豊橋市役所・豊橋美術館一帯が吉田城となります。車の駐車は市営陸上競技場周辺に止めるのがいいと思います。


【現況・訪城記録】

豊川の河岸にあり、池田輝政(照政)未完の城です。特に本丸周辺は空堀、石垣がよく残ります。その周辺にも、土塁・空堀や着到櫓跡などが残ります。この城の特長は主郭を中心に空堀・土塁が円弧を描いていることでしょうか。

小生が2002年から2006年まで単身赴任していた思い出の地です。豊橋は豊田市や田原市など自動車メーカーT社の工場で大きく拡大している愛知県の各都市の中で、県下二番目の都市でありましたが、平成の大合併で豊田市が県下二番目になりました。そんな三番目の都市になったという感じ以上に衰退を感じますが、長い歴史を持つ豊橋が今後も発展する事をお祈りしたいと思います。吉田城は春は桜、夏は夜店と花火、秋は豊橋まつりと市民を楽しませています。

【歴史】
東三河の豪族 牧野古白(成時)が永正二年(1505年)に今橋城として築城したものです。その後各勢力の攻防を経て 天正十八年(1590年)に池田照政(のちに輝政)が入封し大改修・拡張したものです。関が原の戦い後、池田氏は姫路に移封され、改修は未完成のままとなりました。後の大名は小禄のため吉田城は未完のままとなりました。

【小禄だった江戸期の吉田城主】
 池田輝政15万2千石以降〜慶長六年(1601年)竹谷松平氏(家清・忠清)3万石〜慶長十七年(1621年)深溝松平氏(忠利・忠房)3万石〜寛永九年(1632年)水野氏(忠清)4万5千石〜寛永十九年(1642年)水野氏(忠善)4万5千石〜正保二年(1645年)小笠原氏(忠知)4万5千石=(長矩・長祐・長重)4万石〜元禄十年(1697年)久世氏(重之)5万石〜宝永二年(1705年)牧野氏(成春・成央)8万石〜正徳二年(1712年)大河内松平氏7万石〜享保十四年(1729年)本庄松平氏7万石〜寛延二年(1749年)大河内松平氏(信復・信礼・信明・信順・信宝・信璋・信古)7万石〜明治維新

  
  
本丸千貫櫓下の二重石垣
  
本丸空堀
    
  

近くの城・関連の城: 牧野城 田原城 大崎城

            

復興鉄櫓


本丸東の虎口                二の丸の土塁
屈曲した土塁                  本丸空堀
 川手櫓への本丸からの石段・石垣          本丸石垣         

二の丸土塁
辰巳櫓石垣
本丸空堀
本丸空堀側石垣
東側空堀
本丸西側空堀
櫓下石垣