美濃/ 鷺山城+鷺山館



ファイルNo0464

斉藤道三隠居の城と言われる

         主郭城址碑

@ さぎやまじょう 
  別名  

A住所:岐阜市鷺山 
B目標地点:北野神社から
C形式:山城  D比高:50m 
E現況:山林・神社・住宅地

F遺構等:土塁・石碑・説明板

G時代/人物:鎌倉・戦国期/佐竹氏・土岐氏・斉藤氏
H満足度:
凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  山頂まで10分


J撮影・訪問時期:
2004年08月・2026年01月

  

道案内 

岐阜駅より国道256号線を北に進み、長良橋で長良川を渡り、約600m先の長良北町で左折し県道78号線に入ります。約2.2Km先右手の鷺山小学校手前左側路地に左折します。約200m先右手に北野神社があります。
 
訪城備忘録

北野神社社殿左手から登るか、路地の途中の自治会が立てられた説明板のところから城山遊歩道を登ります。山頂が主郭のようですが明瞭な遺構は見当たりません。城址碑があるのみです。

麓の北野神社隣の社宅には居館の土塁の一部が残っていました。高さは3m程度あり、L字に残っていました。何か唐突な残り方ですが、この城の最大の遺構でしたが、その後、開発により消滅しました。城山そのものも南側が高速道路用の土砂取りで消滅しているとの事です。

2026年1月、居館跡の遺構が発見され、現説実施との情報でした。現説には行けませんでしたが、現地を確認に再訪しました所、現場には下りられませんが、道から石垣が見られました。幅5mほどの通路状の両サイドに石垣が発掘されてました。これは居館への土橋遺構との事です。土止めの石積みではなく、大きな石が使われ、見せる石垣である感じです。ここは今後埋め戻され道路になるとの事です。

神社にはる居館跡碑
歴史

鎌倉時代の文治年間(1185〜1190年)佐竹常陸介秀義がこの地に地頭として入り鷺山城を築城したと伝えられます。その後の城の実態は定かではありません。戦国期に入り、美濃守護土岐政頼の弟の頼芸がこの城に居城し、政頼を追放した頼芸は革手城に移り、のちに大桑城に居城を移しました。さらに、土岐頼芸より美濃を奪い取った斉藤道三が天文十七年(1548年)に稲葉山城(岐阜城)を子の義龍に譲った後、この城を隠居城とし居城したとされます。(但し、史料としてははっきりしないようです。) 弘治元年(1555年)に義龍は弟二人を殺害したため、道三は北野城に逃れますが、弘治二年(1556年)に義龍と道三は長良川で戦い、道三は討死し、鷺山城は廃城になりました。 鷺山館の主は頼芸なのか道三なのか定かではないようです。

斉藤道三公慰霊の碑と説明板        鷺山と北野神社       
北野神社境内から城山
堀切?? (2004年)
鷺山館土橋石垣の発掘調査現場
発掘現場と北側の石垣
北側の石垣
北側の石垣
北側の石垣
北側の石垣
南側から発掘現場
南側の石垣
南側の石垣と土橋
今は消滅してしまった土塁遺構
土塁
L字の土塁

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