越前 剱神社
織田氏発祥地



ファイルNo1796


                            

@ つるぎじんじゃ 
  別名 

A住所:丹生郡越前町織田
     旧:丹生郡織田町織田

B目標地点:剱神社・越前町織田文化歴史観
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:神社

F遺構等:碑
G時代/人物:−−期/−−
H満足度:
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  2分

J撮影・訪問時期:2007年10月・2017年08月

  

道案内 

北陸自動車道鯖江インタを下り、右折し県道39号線から柳町の信号で左折し国道8号線にいったん入り、次の東鯖江の信号で右折し、国道417号線に入ります。600m先、ループでJRを越え、国道417号線は1Km先の西鯖江の信号で右折になります。国道417号線は4.4Km先の神明駅の信号で左折になります。ここから国道417号線で4.5km先が越前町役場で、さらに500m先が朝日の信号です。ここからさらに国道を8kmほど進みます。国道365号線との合流の信号で左折します。400m先の剱神社東の信号で右折します。この信号の角に織田信長の銅像があります。右折して300m先の正面が剱神社ですが、T字をいったん右折してすぐを左折した先にある越前町織田文化歴史観の駐車場に止めます。

訪城コメント

越前二ノ宮の剱神社の境内に織田一族発祥地の石碑が建っています。近くに織田陣屋があります。織田陣屋は現在は神明神社周辺で、神興寺山門が移築門です。 勝山藩の飛び地代官所ですから織田氏とは関係ないっす。 また、町の西側の山には朝倉景綱の詰め城で織田城という城があります。

剱神社本殿
歴史

織田氏の発祥には諸説があるが、織田荘の荘官であった信昌とその嫡男の将広が代々織田荘に住したとする藤原氏説、織田信長が称したとされますが、平資盛の遺子が近江国津田に逃れ、郷長に養育され織田荘剱神社の神官の養子になり、その子が織田の祖である親真であり、貞永二年(1233年)剱神社宮司となった親真はこの年初めて織田姓を名乗り、織田三郎権大夫と名乗ったとされる平氏説、また、平基度の娘が忌部親澄に嫁いで親真を生んだとされる平氏系忌部氏説、さらに、平資盛が落ちのびる際、愛妾が近江国津田郷に隠れ住み資盛の遺児を産み、その子が長じて津田親真と名乗り、越前国織田劔神社の神主の養子となって織田姓を称したという説もあるようです。いずれにしても織田が織田氏の発祥で、応永年間(1394〜1427年)に織田常昌が越前守護斯波氏に家臣として取り立られて尾張に派遣されたとされています。

  
社殿
織田木瓜
信長像 なんか違う^^;         史跡      

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