福井の城004/

                                                                               

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真柄館  3271
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真柄十郎左衛門誕生碑

興徳寺 
真柄十郎左衛門墓
真柄館方向

A越前市真柄町   旧:武生市
北陸自動車道武生インタを下り、料金所から右折して県道262号線に入ります。1.2Km先の信号を左折した右手に石碑があります。この信号からさらに1.2km先の信号で右折し、1.4km先の右手東運動公園の入口に興徳寺があり、ここにお墓があります。館跡は耕地整理でなんら遺構はありません。


C平城
F遺構等:なし・関連碑・関連説明板
G戦国期/真柄氏 
H満足度:凸
詳細不明。土豪真柄氏の館です。真柄十郎左衛門直隆の出生地とされ、朝倉氏の客将とされます。直隆は剛力の持ち主として有名な武将でしたが、元亀元年(1570年)の姉川の合戦で嫡子十郎太郎とともに戦死しました。

J訪城:2017/06
  
織田陣屋  3309
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移築門<禅興寺> 表 
移築門<禅興寺> 内側から
繁み方向が城跡

A丹生郡越前町織田
  旧:丹生郡織田町
B神明神社
北陸自動車道武生インタを下り、左手に出て、県道40号線を越前(武生)市内に進みます。600m先の葛岡の信号を右折し国道8号線(バイパス)に入り、600m先の横市の信号を左折し県道2号線に入ります。700m先のY字信号を斜め左に進みます。1Km先の万代橋で日野川を越え、ループの高架でJR北陸線を越えます。400m先の蓮菜の信号を直進して国道365号線に入り1.4km先大虫口の信号で右折し、600m先の小松の信号で左折します。約12km先、樫津東の信号で国道365号線は左折です。約3.6km先の陶芸村入口の信号で国道は右手方向です。約4km先、織田北の信号で右折し、国道417号線に入ります。坂を上りながら600m先右手が神明神社ですが、この手前の雑木林が陣屋ですが、今は何も残っていないようです。国道365号線の陶芸村入口の信号から約1.7km先の下河原の信号で斜め左に入り、約700m先の左手が神興寺の山門として神社の門が移築されています。

C平城
F遺構等:移築門<禅興寺>
G江戸期/土井氏 
H満足度:凸
嘉永三年(1850年)、越前大野藩土井家の代官所として鎌坂の浄秀寺跡に建てられましたが、明治4年(1871年)の廃藩置県で廃止となり、門は神興寺に払い下げになりました。

J訪城:2017/08
   
天王陣屋  3310 
城址碑と説明碑
A丹生郡越前町天王
  旧:丹生郡朝日町
B陣屋の里(公民館)
北陸自動車道鯖江インタを下り、右折し県道39号線から柳町の信号で左折し国道8号線にいったん入り、次の東鯖江の信号で右折し、国道417号線に入ります。600m先、ループでJRを越え、国道417号線は1Km先の西鯖江の信号で右折になります。国道417号線は4.4Km先の神明駅の信号で左折になります。ここから国道417号線で4.5km先が越前町役場で、さらに500m先が朝日の信号です。ここを右折し県道184号線に入ります。800m先、県道が左折のところで右折した200m先左手の陣屋の里という集会所が陣屋です。石碑と説明碑があるだけです。

C平城
F遺構等:碑・説明碑 
G江戸期/大給松平氏 
H満足度:凸
明和元年(1764年)、出羽山形から三河西尾に転封となり、大坂城代についた松平和泉守乗佑は西尾とともにこの地も領有しました。そのため、明和二年に陣屋を築きました。明治四年(1871年)の廃藩置県まで続きました。

J訪城:2017/08