近江 膳所城



ファイルNo0665

                 天守台    

@ ぜぜじょう 
  別名  −−−−−

A住所:大津市丸の内
B目標地点:膳所公園
C形式:平城  D比高:ーーm 
E現況:公園・宅地

F遺構等:石垣・天守台・移築門・碑・説明板
G時代/人物:江戸期/戸田氏〜本多氏
H満足度:
凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  大手町信号左側の城址公園駐車場より10分


J撮影・訪問時期:2001年01月.2005年3月 他

  

道案内 

国道1号線を草津方面から来ると瀬田川大橋を渡り西詰めの信号で右折し県道102号線を浜大津方面に進みます。2Km先本丸町の信号右側が膳所公園です。駐車場は左側にあります。なお、近江大橋の手前になります。
 
訪城備忘録

城跡の中心部が公園化されており、遺構としては琵琶湖に突き出した天守台石垣などが往時を偲ばせるのみです。ただ、移築門は公園近くの膳所神社(北大手門<重文>)そのほか2門・若宮八幡宮(大津市杉浦:本丸犬走門)・御霊神社(大津市鳥居川町:本丸黒門)・篠津神社(北大手門<重文>)・近津尾神社(大津市国分二丁目)・鞭崎神社(草津市矢橋町:南大手門<重文>)新宮神社(草津市野地町:二の丸水門)などがあります。櫓としては芭蕉会館に移築されたものがあります。(資料より) なお、草津市木川町の天神社の門も「天神社の説明書き」には移築門と書かれていましたが・・。草津宿本陣も膳所城の瓦ケ浜御殿の移築ともされていましたが、本陣は幕末頃の建築物で移築ではないようです。

城址碑
歴史

慶長六年(1601年)に徳川家康の命で膳所城が築城されました。縄張りは藤堂高虎が行ったとされます。大津城の石垣など多く転用されたようです。(大津城は山が近く大砲で攻撃しやすいため膳所城の築城になったと言われます。)初代城主には戸田一西が三万石で入りました。その後、戸田氏鉄ー本多康俊ー菅沼定芳ー石川忠総ー石川憲之と城主は変り、慶安四年(1651年)に再び本田氏(伊奈城本田氏)が入り六万石で明治まで続きました。現在の膳所城は寛文二年(1662年)の地震修復で大きく改修されたものです。

近江大橋を望む           天守台  
移築門
  膳所神社の表門        本多氏の立葵の紋がある瓦
膳所神社
    若宮八幡宮       若宮八幡宮近く旧東海道沿いの碑
篠津神社            芭蕉会館
鞭崎神社
御霊神社                 天神社(草津市)
栗東にある伝移築門
新宮神社                草津宿本陣玄関

近くの城・関連の城:大津城