美濃 / 藤橋



ファイルNo1069


                            模擬天守型プラネタリウム

@ ふじはしじょう 
  別名 杉原砦

A住所:揖斐郡揖斐川町東杉原
    旧:揖斐郡藤橋村

B目標地点:
C形式:丘城  D比高:10m 
E現況:畑地・山林

F遺構等:模擬天守・説明板
G時代/人物:南北・戦国期/新田氏・杉原氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  10分

J撮影・訪問時期:2005年10月

  

道案内  

大垣市内の国道21号線の河間の信号で右折し国道417号線を進みます。国道417号線を道なりに進み14Km先、揖斐川を越えた先の上新町の信号で左折し国道303号線に入ります。12.5Km先の横山ダムで国道303号線は左折、直進は国道417号線で、この国道417号線を進みます。横山ダムから8Km先に二股の道路になり右手に下りていくと藤橋城です。 国道の何箇所かに藤橋城の案内板が立っています。
 
訪城コメント

失礼ながら山深いところに不似合いなりっぱで大きな模擬天守が建っています。なんとなく彦根城に似た建物で西美濃プラネタリウムと言い、中は名前の通りプラネタリウムのようです

七人塚
歴史

県の資料に城としては掲載は無いようです。説明板によれば南北朝期に越前に勢力のあった南朝の新田義貞が北朝の美濃の土岐氏に対する備えとして杉原砦を築いたとされるようです。但し、杉原砦が現在地であったのかは不明とのことです。戦国期になり、この地に杉原六郎左衛門家盛が住しており、この系統から豊臣秀吉の正室おねが出ているとのことです。 そばにある七人塚は、家盛が守る杉原砦に攻めてきた斉藤勢に対し、脱出する家盛の身代わりとして討死した七人の家臣を供養したものと伝えられます。この時、家盛は無事尾張に逃れたとされるようです。 <現地説明板より>


  

近くの城・関連の城: 徳山城 揖斐城