美濃 / 揖斐城



ファイルNo0490


                            主郭

@ いびじょう 
  別名  −−−−−

A住所: 揖斐郡揖斐川町三輪
B目標地点:城台山公園
C形式:山城  D比高:150m 
E現況:山林

F遺構等:堀切・竪堀・切岸・井戸・石碑・説明板
G時代/人物: 南北朝期/揖斐氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  15分

J撮影・訪問時期:2004年06月

  

道案内  

大垣市内の国道21号線の河間の信号で右折し国道417号線を進みます。国道417号線を道なりに進み14Km先、揖斐川を越えた先の上新町の信号で国道303号線を越え、かつ旧道(県道251号線)を横切り、信号から300m先の揖斐小学校まで行きます。小学校の西隣に三輪神社がありここの裏手より一心寺を経由して城台山山頂まで登山道があります。(揖斐小学校裏手より一心寺までの車道もあるようです。)
 
訪城コメント
主郭城址碑

三輪神社から一心寺を経由して尾根道を進みます。一心寺にも小さな城址碑があります。道は若干荒れていましたが、城址は草刈され夏場でありながら見やすい状態でした。蛇君がいたにはビビりましたが・・・。城址は南の丸ー主郭ー二の丸ー三の丸ー出丸と連郭に山頂部にL字状に続きます。各郭には土塁はありませんが主要箇所に竪堀が入ります。主郭には不明瞭ですが桝形虎口になっています。一番印象的なのは出丸の切岸の高さで搦め手側の最高地でありいかにも防御施設という感じが今も残ります。二の丸下にある井戸は今も水が湧き出ていました。

現地案内板より
歴史

興国四年<南朝暦>(1343年)に土岐頼清の子の頼雄によって築城され、頼雄は揖斐氏を名乗りました。五代続き、五代の基信は美濃守護土岐政房の子の光親を養子としますが、天文十六年(1547年)に斉藤道三は大桑城の土岐氏を攻めた後、揖斐城も攻撃し落城、廃城となったとされます。


南の丸下から             土橋状の通路

出丸切岸                     井戸

  

近くの城・関連の城:清水城 揖斐陣屋