美濃 / 山岡中西



ファイルNo1063


                            主郭背後堀切

@ なかにしじょう 
  別名  久保原城

A住所:恵那市山岡町久保原
    旧:恵那郡山岡町
 
B目標地点:
C形式:丘城  D比高:20m 
E現況:畑地・山林

F遺構等:郭・堀切・土塁
G時代/人物: 戦国期/遠山氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  国道沿いから10分

J撮影・訪問時期:2005年09月

  

道案内 

中央高速道恵那インタを下り、県道68号線を進みます。500m先の坂の上のY字の信号で斜め右へ進み、県道66号線に入ります。国道19号線をガードで越え、5Km先、道の駅「そばの郷ろっせいみさと」の佐々良木の信号で左折し国道418号線に入ります。6Km先の久保原地区で県道406号線が左折で分岐しますが、この分岐点より国道の200m手前(国道が坂を下りて左にカーブ終えた地点)の左手民家の裏手段丘先端に城域があります。
 
訪城記録

民家の背後に登る道があります。10mほどのぼると平地がありここも郭だったようです。さらに10mほど右手に登ると主郭で大きさは幅40m・長さ80m程度で北側に土塁があります。この土塁の北側には幅10m・深さ5mほどの堀切が明瞭に残ります。資料には、この主郭土塁から堀切に沿って竪土塁が示してありましたが、藪でよくわかりませんでした。

民家の背後が城址
歴史

史料には永禄年間(1558〜1570年)には遠山左京進が城主だったとあるようです。また、中西八郎という人物の存在も関係があるようです。


土塁                       主郭

  

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