東三河/ 作手和田城



ファイルNo0790

                            

@ わだじょう 
  別名  −−−−−

A住所:新城市作手保永
    旧:南設楽郡作手村保永中島

B目標地点:     
C形式:丘城  D比高:30m 
E現況:茶畑・山林

F遺構等:郭・堀切・土塁
G時代/人物: 戦国期/奥平氏
H満足度:
凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分


J撮影・訪問時期:2005年04月

  

道案内 

東名高速道豊川インタから国道153号線を新城方面に北上し、新城市内の杉山北の信号で左折し国道301号線を作手へ向かいます。約7Km先の和田の信号(本宮山スカイラインの入口)を越え、そこより700m先の和田のバス停の先で右折します。ここより右手茶畑の上が城址です。
 
訪城コメント

国道より右折してさらに右手方向に進むと一軒の民家を越えて茶畑の後ろに道が続いています。茶畑は郭跡のようです。道路山側へ10mほど登ると土塁がありその先には山の斜面に堀が土塁に沿ってあります。通常、堀は平坦地に横堀、尾根の切断の堀切あるいは山の斜面に沿って竪堀という形ですが、ここの堀は山の斜面に横堀状に作られています。この形は設楽町の奥平館にも見られますが、特異な形式と言えます。

郭跡の茶畑
(向こうの山すその道は国道301号線)
歴史

天文六年(1537年)に石橋城主の石橋(奥平)弾正繁昌が宗家に対して謀反を企てた事で繁昌は奥平出雲守勝次らに討たれました。勝次はその戦功により宗家四代の貞勝からこの地を賜り築城しました。

山の斜面の堀                土塁   
  

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