東三河/ 石橋城



ファイルNo0153
                         寺の裏手の土塁   

@ いしばしじょう 
  別名  弾正屋敷

A住所: 新城市作手清岳
    旧:南設楽郡作手村
 
B目標地点:道の駅「つくで手作り村」
C形式:平城  D比高:ーーー 
E現況:寺
(慈昌院)
F遺構等:空堀・土塁・説明板
G時代/人物: 戦国期/奥平氏
H満足度:
凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  道の駅より5分


J撮影・訪問時期:2002年3月・2016年10月・12月

  

道案内 

東名高速道豊川インタより国道151号線で新城方面に向かい、新城市内の杉山北の信号で左折し国道301号線に入り作手に向かいます。作手の清岳地区の国道の右側に道の駅「つくで手作り村」があり、その前の寺が城跡です。
 
訪城コメント
慈昌寺と城址碑

現在 慈昌院というお寺で、国道より微高地にあります。基本は単郭方形の館城です。寺の奥に土塁、その外側に空堀が明瞭に残ります。

歴史

奥平二代貞久の次男の奥平弾正久勝が最初の城主で、奥平三代貞昌に従いました。久勝の子、弾正市繁昌は、天正六年(1537年)に謀反が露呈し、四代貞勝の命を受けた土佐定雄に攻められ郎党40人余が討死しました。 <現地案内板より>

  
寺の山門                    土塁
外側の空堀

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