西三河/ 大久保陣屋



ファイルNo1334

大久保彦左衛門の陣屋

                        陣屋の石垣    

@ おおくぼじんや 
  別名 

A住所:額田郡幸田町坂崎 
B目標地点:坂崎公民館・八百富神社 
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:神社・田畑 

F遺構等:郭・堀?・土塁?・石垣・説明板 
G時代/人物:江戸期/大久保氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  坂崎公民館から1分

J撮影・訪問時期:2006年04月

  
神社本殿と陣屋説明板(右端)

【道案内】 

国道23号線で蒲郡市内から幸田町に入り、JR三ケ根駅前から1Km先で二股の深溝愛宕山の信号を斜め右に入り、国道248号線に入ります。5Km先の弁天の信号を左折します。100m先を右折、150m先右手が坂崎公民館です。その隣が八百富神社でこの一帯が陣屋です。


【現況・訪城記録】

本殿背後に池があり、石積みもありますが遺構かはわかりません。神社鳥居側周囲に二段程度の石垣あり、これは陣屋の頃の石垣のようです。周囲の田んぼは少し低く、堀の跡のようにも見えます。弁天の信号からさらに国道を1.6Kmほど岡崎方面に進んだ右手に彦左公園もあります。これって名前だけ??

【歴史】

天下のご意見番、大久保彦左衛門の陣屋です。大久保氏は元は宇都宮氏と称しましたが、彦左衛門の父の忠員の頃より大久保氏を名乗りました。大久保氏は三河譜代の中でも岩津譜代と呼ばれ、松平氏(徳川氏)の初期より従った一族です。彦左衛門忠教も大久保一族として徳川家康に従い、慶長十八年(1614年)に直参として取り立てられましたが、知行地は千石でした。のち、寛永元年(1624年)に千石加増をうけました。<現地案内板より>

<平岩の射割石>
平らな大石(片岩)は幸田町久保田平岩に産出された大石です。坂崎に生まれ、後に犬山城主となった平岩親吉の先祖の氏重が松平信光に従い坂崎の領主となった時に、この石に因んで平岩氏を名乗ったとされます。
  
平岩の射割石
  
 
  

近くの城・関連の城: 上和田城