西三河/ 岡山陣屋



ファイルNo0206

忠臣蔵吉良氏の領地

    陣屋跡

@ おかやまじんや 
  別名 吉良陣屋

A住所:西尾市吉良町岡山殿町
    旧:
幡豆郡吉良町岡山 
B目標地点:華蔵寺
C形式:平城  D比高:ーーm 
E現況:畑地

F遺構等:説明板・模擬門
G時代/人物: 江戸期/吉良氏
H満足度:
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  1分

J撮影・訪問時期:2002年03月

  
鎧ケ淵古戦場碑

【道案内】  

県道42号線寺島の信号より岡崎側に進み、次の道を華蔵寺へ左折せた寺までの道沿い右手に説明板はあります。
また、黄金堤は県道42号線をさらに岡崎よりに進んだ善明工業団地の信号の手前左側です。



【訪城備忘録】

陣屋跡には説明板と模擬門程度で遺構はありません。 黄金堤+鎧ケ淵古戦場は堤防が公園として整備されています。


【歴史】

吉良義定はこの地に二百石(鳥羽に三百石)を家康より拝領し、館をこの地に構え、以後、義弥、義冬、義央と続きました。 <現地案内板より>

【黄金堤】
忠臣蔵で有名な吉良上野介義央(よしひさ)は当地では善政、名君と言われています。その功績のひとつがこの黄金堤で洪水での水害をこの堤防で防ぐようにしました。この際、隣の西尾藩より堤防建設を反対されても、誠意を尽くして説得したそうです。

【鎧ケ淵古戦場】
このあたりは深い淵であったようです。松平元康(徳川家康)が今川氏から自立し永禄四年(1561年)東条城を攻め、ここで合戦となりこの合戦は吉良氏が勝ち、敗れた松平氏方の深溝城主松平好景が自刀しています。この合戦で淵の底より兜や武具がしばしば引き上げられたので、ここを鎧ケ淵と呼ぶようになったそうです。 <現地案内板より>

  
黄金堤
  
  

近くの城・関連の城:東条城 下永良陣屋 牟呂城

          

吉良家菩提寺・華蔵寺