伊勢 松ケ島



ファイルNo1100


                            

@ まつがしまじょう 
  別名:細首城

A住所:松阪市松ケ島町  
B目標地点:
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:畑地

F遺構等:櫓台・石碑・説明板
G時代/人物: 戦国期/織田氏〜蒲生氏
H満足度:
凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  集落から5分


J撮影・訪問時期:2004年09月

  

道案内  

津市から松阪市へ国道23号線で向かい、小津の信号で直進は国道42号線で、国道23号線は斜め左折します。三渡川を三渡大橋で渡ってから1.5Km進んで松ヶ島町の信号を左折します。、500m先で県道699号線との交差点で、ここを直進しますが集落内が道が狭いため車はこの交差点近くに止めます。交差点から集落内を海側に80mほど歩き左折し、80mほどさらに歩きますと畑の真ん中にこんもりしたところがあります。これが城跡です。
 
訪城備忘録

櫓台(天守)らしき高まりが残るのみです。大城郭の跡と言うには本当にこれだけ?という感じです。松坂市愛宕町の竜泉寺に城門が移築されているようです。

歴史

永禄十年(1567年)、北畠具教はこの地に城を築きました。これは細首城です。この城には日置大膳亮が城将として入りました。永禄十二年(1569年)、織田信長の伊勢侵攻で具教の弟の木造(北畠)具政は信長方に寝返り、北畠氏主力は大河内城に退いたため、大膳亮は城を焼いて大河内城に合流しました。天正八年(1580年)に北畠(織田)信雄は田丸城が焼失したのを機に元の細首城(北畠氏家臣の城)を大改修して天守を備えた城郭に大改修し松ケ城とし居城としました。本能寺の変で信長が亡くなると信雄は清洲城へ移り、松ヶ島は家臣の津川義冬、滝川雄利が入った後、天正十二年(1584年)小牧長久手の戦いの前哨戦では滝川雄利、日置大膳亮らが籠城し抵抗するも40日余りで開城し、その後に蒲生氏郷が12万石で入城しました。しかし、天正十六年(1588年)に氏郷は松阪城を築いて移ったため松ケ島城は廃城となりました。

  

近くの城・関連の城:田丸城 近江中野城