紀伊 猿岡山城+粉河寺



ファイルNo3861


               城址碑             

@ さるおかやまじょう+こかわでら 
  別名 粉河城 

A住所:紀の川市粉河
    旧:那賀郡粉河町

B目標地点:秋葉公園
C形式:丘城  D比高:50m 
E現況:公園・山林

F遺構等:郭、碑
G時代/人物:戦国期/粉河寺→藤堂高虎
H満足度:
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  粉河寺山門から15分

J撮影・訪問時期:2022年10月・2023年10月

  

道案内 

京奈和自動車道の紀の川東インタを下り、インタ入口の信号を左折し県道126号線に入ります。約1.8km先の信号で逆YVに左折し県道7号線に入ります。約700m先の信号で左折すると粉河寺で大門の先の右手に粉河寺の有料駐車場があります。ここの脇の道を奥に進むと秋葉公園の登り口になります。あるいは、県道7号線の秋葉公園入口の信号そばに登り口があります。

訪城備忘録

築城の名人、高虎が最初に手がけた城とも言われますが、なんらの痕跡もありませんね。天正十六年(1588年)に高虎が築城(改修)した赤木城に比べ、なんとも残念な状態です。現在は秋葉山公園に碑があるのみで郭面は公園になってます。山斜面にも遺構らしきものはないようです。粉河寺は西国三十三ケ所の三番札所です。

秋葉公園
歴史

天正元年(1573年)、粉河寺が寺の防衛のため築城したとされます。天正十三年(1585年)、豊臣秀吉の紀州攻めで粉河寺は焼失しました。天正十五年(1587年)、藤堂高虎はこの地に1万石を領し、城を改修したとされ、文禄四年(1595年)、高虎が伊予宇和島に移った頃に廃城になったとされるようです。

粉河寺大門
粉河寺中門
粉河寺枯山水庭園
粉河寺本堂
  

近くの城・関連の城:

          

重行城 4041

@ しげきじょう A住所:紀の川市重行 旧:那賀郡打田町 B目標地点:紀の川インタ
C形式:丘城  D比高:10m E現況:畑地・雑木林 F遺構等:郭・堀・土塁
G時代/人物:戦国期/ーー  H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:県道沿いから5分 J撮影・訪問時期:2024年05月
  

国道24号線の鳥子川橋東詰めの信号(紀の川市打田)で県道62号線に入り北へ進みます。約4km先、京奈和自動車道紀の川インタ前を越え自動車道をくぐります。すぐに信号でそのまま直進します。約100m先重行バス停そばに左の畑地に行ける小道があり、そこを徒歩で約100mほど進みと城跡です。(なお、2024年05月現在、紀の川インタは長期使用不能になってます。)

畑道を進むと茂みの手前左手に広い平坦地があり、郭跡との事です。その手前は空堀状で、果樹林になってます。資料には空堀と示されていないので、空堀状としましたが、どうみても空堀です。(笑) 茂み手前で平坦地と手前台地を繋ぐ土橋になってます。土橋の先に土塁の痕跡があります。草が伸びていてイマイチ遺構は判らなかったです。土橋があるなら空堀でしょう。(笑)

城史は不明ですが、根来衆の影響のある地域との事です。

向こうが平坦地
空堀状
空堀状