但馬 / 岡城



ファイルNo2785


                            虎口

@ おかじょう 
  別名 

A住所:
B目標地点:
C形式:丘城  D比高:20m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀・土塁・石垣?・説明板
G時代/人物:期/阿曾沼氏

H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  岡公民館から10分

J撮影・訪問時期:2013年01月

  

道案内 

国道2号線姫路バイパスの姫路ジャクションから播但連絡道で80Km先(あるいは山陽自動車道の山陽姫路東インタより播但連絡道で70Km先、中国自動車道福崎インタより同連絡道で55Km先)の和田山インタを下り、国道312号線を北に進みます。約3km先の一本塚の信号で左折し国道9号線に入ります。約7lm先、法道寺の信号を左折し県道527号線に入ります。約600m先、橋の手前で右折し法道寺集落に入ります。右折した角に法道寺城の案内標識と説明板があります。法道寺の入口を越え、約1km先左手が岡公民館です。岡公民館から50m先のY字を右手に行き、50m先の逆Vの小道に右折し、100m先で左折し、奥の民家の前の小道に左折すると説明板のところに至ります。
 
訪城備忘録

説明板のところから城跡には登りにくいです。左手に迂回すると工事現場にあるような金属製の仮階段があります。草木に埋もれて見えにくいですが、これで登るのが無難です。 主郭前は二段でここも郭だったんでしょうね。主郭に入るにはスロープ状の土橋があります。主郭手前には堀が確認できます。土橋側面には石垣がありました。 主郭は高い土塁が巡っています。背後の尾根とは谷のようになってますが、堀切のようです。 現在は主郭の遺構だけが明瞭に残っているという感じです。城跡前の麓の家は居館のようなお家で、ここまで城だったのかもしれません。

説明板
歴史

築城は鎌倉時代後期、下野の阿曽沼氏が地頭として入って居館としたようです。また、早崎氏館とも呼ばれるようです。天正八年(1580)〜十三年(1585年)頃に現在の形に改修されたものと考えられ、竹田城の支城であったようです。戦国期は近くの法道寺城が詰め城であったようです。


土塁上             主郭を巡る土塁           主郭内から

  城跡全景                           虎口前の土橋と石垣?

  

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