山城 / 二条古城



ファイルNo2712

足利義昭時代の二条城

                          城址碑  

@ にじょうこじょう 
  別名:旧二条城 

A住所:京都市中京区五町目町
B目標地点:下立売通り平安女学院
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:宅地

F遺構等:発掘石垣・碑・説明板
G時代/人物:戦国期/織田氏(足利氏)
H満足度:
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  烏丸下立通信号から2分

J撮影・訪問時期:2012年05月

  

道案内 

名神高速京都南インタを下り、国道1号線を京都中心部へ進みます。3Km先の京阪国道口の信号で右折(左折は国道171号線)し、東寺前を過ぎ800m先の九条油小路の信号で左折し堀川通りに入ります。JRのガードをくぐり西本願寺前を通過し3Km先の堀川五条で国道1号線は右折ですがそのまま堀川通り(県道38号線)を直進します。3.5Km先の二条城を過ぎた堀川丸太町の信号で右折し丸太町通りに入ります。600m先の烏丸丸太町の信号で左折し、300m先の烏丸下立売の信号で左折、150m先の角に城址碑がある。
 
訪城コメント

平安女学院の角に城址碑と説明板があります。地下鉄の工事で発見された石垣の一部が二条城と、御所の椹木口(さわらぎくち)側に移築復元されています。

案内板より
歴史

永禄十一年(1568年)、足利義昭を奉じて織田信長が上洛し、義昭を15代将軍となりました。翌年、三好三人衆が義昭の仮御所である本圀寺を包囲するという事件が起こり、信長は急いで義昭の居城として二条古城を築きました。天正元年(1573年)、義昭が信長に対して挙兵したが敗れて京都を追放され室町幕府は滅亡し、城も解体されました。


    京都御所               発掘石垣(二条城移築)

  

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