越中 / 郷柿沢館



ファイルNo0070

                            

@ ごうかきざわかん 
  別名 

A住所:中新川郡上市町郷柿沢 
B目標地点:西養寺 
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:寺 

F遺構等:土塁・堀・碑・説明板 
G時代/人物:戦国期/土肥氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  1分

J撮影・訪問時期:2001年08月

  
本堂裏手の土塁

【道案内】

北陸高速道立山インタを下り、県道3号線で上市市内を通り過ぎ、上市中心部より北、滑川市方面へ県道3号線を進み、郷柿沢の信号の角が西養寺です。


【現況・訪城記録】
寺周囲に土塁・堀が巡っています。特に本堂の裏手(県道沿い)の土塁と山門の脇の池になっていますが堀が城館の面影を良く残しています。

【歴史】

この館は堀江城・弓庄城などを拠点とした土肥氏一族(土肥孫十郎の名が史料にあるとさせます)の館と言われています。天正十一年(1583年)に弓庄城の土肥美作守政繁が佐々成政に敗れた後、戦いに参加したなった弥三五郎が帰農したとの事です。また、西養寺は松倉城椎名康胤の子椎名兵部は一向宗石山合戦に参加し、兵部が帰国後、弥三五郎(紋兵衛と名乗ったらしいです。)は館を開けこの前に居を移し、兵部がこの寺を開基したという事です。現在の住職は椎名氏の直系になると言われていますが、土肥氏との関わりも深いとされます。 <現地案内板・参考>     

  
  
     
  

近くの城・関連の城:弓庄城