越中 / 水尾南城



ファイルNo0005

                                  主郭方面  

@ みずおみなみじょう 
  別名 

A住所: 魚津市大熊 
B目標地点:水尾神社 
C形式:山城  D比高:150m 
E現況:神社・山林 

F遺構等:郭・堀切・城主碑・碑・説明板 
G時代/人物:南北朝期 /不明(井上<普門>俊清)
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  神社社務所より5分

J撮影・訪問時期:2003年08月

  
城址碑/水尾城となっていますが南城です

【道案内】

県道33号線角川ダム<主要道路より角川ダムまでの道は「松倉城」のページを参照ください>を過ぎ、松倉城登り口を過ぎてしばらく行くと右手の早月川の新大熊橋を渡ります。渡ると右手へは白倉トンネルに向かいます。直進は山を登る道で水尾南城(水尾神社)への道です。この交差点の左の山肌に「水尾城址・水尾神社付近の図」という看板があります。直進し登り始めてから2カ所で道が分岐しますが、常に右手に向かいます。水尾神社の標識が出ますのでそれに従います。水尾神社本殿が水尾南城です。 麓の「水尾城址・水尾神社付近の図」からすると、水尾神社よりさらに進むと水尾城に到達することになりますが、入らないほうが無難です。(私は入ってしましヒヤヒヤものでした。乗用車では車体をするだけでなく もし乗り上げると立ち往生します。また、道が途中で不鮮明になるところもあり、この細尾根の道で立ち往生では人気も無く救援してもらえるのは相当に難儀すると思われます。)



【現況・訪城記録】

城跡は水尾神社です。拝殿と本殿の間は堀切跡と思える地形です。本殿の場所が主郭です。周囲とは大きな段差があり切岸にて防御しています。これは升方城の本丸と二の丸の構造と同じだな。主郭よりの眺めは富山湾まで見渡せます。


【歴史】

水尾(南)城は南北朝から戦国時代末期にかけて県下で最大級の山城である松倉城の出城です。貞和二年(南北朝期:1346年)に能登守護の吉見頼隆が越中守護の井上<普門>俊清の討伐のため越中に侵攻、同七年に水尾南城にて激戦が繰り広げられついに落城しました。   <現地説明板より>

  
城主碑
  
     
  

近くの城・関連の城: 松倉城水尾城升方城