遠江/ 八幡平の城



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                          堀切  

@ はちまんたいらのしろ 
  別名 新野古城 

A住所:御前崎市新野篠ケ谷
    旧:小笠郡浜岡町

B目標地点:想慈院
C形式:山城  D比高:80m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀・碑・説明板
G時代/人物:戦国期/新野氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  想慈院から大手道経由で15分

J撮影・訪問時期:2003年12月

  

道案内   

東名高速道路菊川インタを下り、右折し県道37号線に入ります。13km先、佐栗谷で「みなみ保育園」を過ぎて左折します。佐栗谷トンネルを越えて600m先のT字交差点で左折します。800m先の左手、御前崎市新野こどもの里(旧:新野幼稚園)<左手は高橋の城>のところで右折します。(この道は県道37号線小笠南小前で左折し、道なり塩買坂トンネルを越えて来た道です) 100m先でやや右斜めへ、川を渡り、250m先でいったん右折、100m先で左折、300m先で篠ケ谷公会堂(公民館)を通過、公民館から400m先の秋江寺手前で左折し川沿いを進みます。800m先の左が想慈院です。
 
訪城備忘録

想慈院の墓地の後方あるいはその南側から登れます。南側からが大手道のようです。大きく主郭と北側の郭に分かれていて、高橋の城(天ケ谷の城平)同様の感じですが、高橋の城以上に堀切・横堀が明瞭で見応えがあります。南北の郭の間の細尾根上の連続堀切、主郭の東下(大手道上)の横堀(城道)の屈曲は丸子城の遺構を感じさせます。

主郭
歴史

この地域の領主であった新野氏が舟ケ谷城(新野新城)の詰城としていたのが八幡平の城(新野古城)であったようです。天正期初期(1578年頃)に武田氏によって高天神城への軍道のおさえの城として改修されたとされます。

堀切
堀切                  横堀
現地案内板より
  
横堀                城跡遠景

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