遠江/ 篠ケ嶺城



ファイルNo1345

本城犬居城より規模の大きさと居住性を感じる城

                          二の郭下空堀  

@ ささがみねじょう 
  別名 

A住所:浜松市春野町気田木の子島・豊岡笹嶺 
    旧:周智郡春野町
B目標地点:木の子島キャンプ場 
C形式:山城  D比高:120m 
E現況:山林 

F遺構等:郭・堀・堀切・土塁・碑・説明板 
G時代/人物:戦国期/天野氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  木の子橋から20分

J撮影・訪問時期:2006年03月・04月

  
城址碑

【道案内】 

新東名自動車道浜松浜北インターを下り、国道152号線新道を北上します。約4km先、飛竜大橋北の信号で左折し県道40号線に入り、約1.2km先の双竜橋の信号で右折し国道152号線に入ります。  <あるいは、東名高速道浜松インタを下り、県道65号線を北上します。1.6Km先の信号で斜め右に右折し県道45号線に入ります。道なりに約15km先の中瀬四塔の信号で右折し国道152号線新道で、約1.6km先が浜松浜北インターです。さらには、名古屋方面から来た場合は 浜松西インタで下りて県道65号線を東に進み、10Km先の内野入口の信号で左折し国道152号線に入ります。約14km先が浜松浜北インターです。>   双竜橋の信号から国道152号線で約2.5Km先の山東の信号で斜め右へ国道362号線に入ります。
ここから約35Km先(犬居城の近く県道58号線との信号の平尾の信号から10Km先)の平木大橋を渡って800m先の次の橋の手前で左折し気田川沿いを走ります。1.5Km先の右手に赤い木の子島橋があり、これを渡り、渡ったら左へ進みます。キャンプ場の手前右手を登って行く感じです。気田川沿いを走っている時に川の反対側の山が城跡です。
  




【現況・訪城備忘録】

城は気田川が蛇行し東・北・西の三方を巡る形で流れ、南側にも杉川が流れていて川に囲まれた自然の要害にあります。城跡には北側から南側に向かって進むことになります。木の子橋を渡ると右手に民家が二軒あります。左手のキャンプ場の駐車場のような箇所に駐車し民家の裏手に登ります。畑の先に茶畑があり、この先の繁みより山に入ります。30mほど斜面を細い道で登ると広い台地のようなところにでます。家臣の屋敷群でもあったような感じです。さらに尾根筋を登って行きますと浅い横堀を越えると削平は充分とは言えませんが広い空間に出ます<便宜上三の郭とします>。この三の郭と二の郭との境に大きな空堀が横たわっています。ここの構造はおもしろいです。東端の尾根筋を土橋状にし左手は崖で右手に幅5m、二の郭との段差8mほどの空堀が30mほどあり西側の斜面に落ちています。二の郭にはこの土橋を渡り、内桝形状の虎口から進みます。三の郭と二の郭の段差も5mほどあります。二の郭は尾根の幅が左右に広がり主郭を三日月状に巡っています。さらに5mほど上が主郭で主郭の南側がコの字の土塁があり、中央が櫓台になっていました。主郭の南側には堀切が1条ありその先の尾根は細い郭が続き、さらに南に一騎駆け状の尾根が二箇所ありました。南側はL字に西に曲がり山に続いていますが、急激な山の高低差と一騎駆けの幅しかない尾根が続くため防御施設は無くとも攻めづらい地形です。逆に北側は気田川が自然の堀となり、最初の台地状の空間を含めると本城犬居城より拠点としての居住性を感じる城でした。



【歴史】

天野氏の支城とされ、天野宮内右衛門藤孝が居城としたとされ、藤孝が惣領家を継ぎ、家臣の和田河内守が在城したとされます。しかしながら、犬居城よりはここの城が本城という説もあるようです。


  
主郭土塁
  
二の郭前の土橋
     
  

近くの城・関連の城:犬居城 萩野城

          

二の郭前空堀         空堀から土橋を見る
二の郭と一段上が主郭          主郭土塁    
主郭南側堀切とその先の一騎駆け
     主郭南側尾根(郭)      二の郭付近より気田川と木の子島橋遠望 
   
 茶畑後方の登城口(中央の茂みから入ります。)    茶畑から木の子島橋を見る  
城跡遠望            気田川土手の桜