若狭 / 高浜城



ファイルNo1202


                        主郭櫓台    

@ たかはまじょう 
  別名 

A住所:大飯郡高浜町事代 
B目標地点:高浜小⇒国民宿舎城山荘 
C形式:平山城  D比高:20m 
E現況:公園 

F遺構等: 櫓台・石垣?・堀切?・説明板
G時代/人物:戦国期/逸見氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分

J撮影・訪問時期:2003年05月

  

【道案内】 

北陸高速道敦賀インタを下り、料金所を超えて左側に下り8号線バイパスに入ります。2Km先の岡山1の信号で直進し国道27号線に進みます。5Km先の旗護山トンネルを越えたところで立体交差になっているところが道が交差しているので注意してください。国道27号線を進みます。25Km先小浜駅そばを越えたあたり後瀬山トンネルからさらに20Km先(舞鶴市中心部より国道27号線で20Km先、あるいは舞鶴若狭自動車道大飯高浜インタから5Km)の高浜駅前の信号で右折し海側に進みます。500m先で右折し300m先で左折します。300m先で左折した城山荘の先、岬の先端が城跡です。


【現況・訪城記録】

岬の先端、日本海が見渡せるところに城跡はありますが、遺構という点ではあまり見るべきものはありませんでした。城址碑があるところが本丸で、一段盛り上がったところが櫓台のようです。石垣も残るようですがどこにあるのかわかりませんでした。 日本海に突き出した岬にあるので、景色はよかったですよ。

【歴史】

永禄八年(1565年)に逸見駿河守昌経が旧居城の砕導山城(さいちやま)が落城後に高浜城を築城しました。逸見氏は若狭武田氏の有力家臣でありましたが、都度離反し争いますが、永禄四年(1561年)に叛逆し砕導山城を攻められても没落せずに高浜城にて勢力を保ちました。元亀元年(1570年)に織田信長に属しますが、昌経が病死し断絶しました。高浜城は溝口秀勝、山内一豊、木下利房と城主が変わり、慶長五年(1600年)以後は京極氏が若狭に入り、高浜城には家臣の佐々義勝が居城しました。寛永十一年(1634年)に酒井氏が若狭に入部した際に高浜城は廃城になりました。


  
  
  
  

近くの城・関連の城: 砕導山城