若狭 / 砕導山城



ファイルNo1990

広大な城域ではあるが、郭群が不規則に形成されている城

                                 堀切  

@ さいちやまじょう 
  別名 
A住所:大飯郡高浜町宮崎 
B目標地点:高浜駅の東南
        砕導山山頂妙見宮・愛宕神社
        広峰神社・佐伎治神社 

C形式:山城  D比高:150m 
E現況:山林 

F遺構等:郭・土塁・堀切 
G時代/人物:−−期/逸見氏
H満足度: 未訪城
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  佐伎治神社から東の郭群まで35分
J撮影・訪問時期:2008年10月

  

道案内 

国道27号線小浜市の後瀬山トンネルから西へ27km、あるいは、舞鶴若狭自動車道の大飯高浜インタを下り、県道16号線を高浜町中心部に向かいます。5km先でU字の高架で下り、薗部口の信号を右折し国道27号線に入ります。500m先の宮崎の信号で左折し、100m先でJR小浜線を越え、その先の佐伎治神社に向かいます。 
訪城コメント

佐冶治神社の駐車場に車を止めさせてもらい、まずは神社本殿へ。鳥居のところから右手に山へ向かっている道は妙見山まで続いていて、こちらが西の郭になります。この城は大きく、妙見山の郭群(妙見宮・愛宕神社側)と千丈ケ嶽山頂の南の郭と東の稜線に郭群(広峰神社など側)及び麓に近い郭郡に分かれるようです。佐伎治神社本殿から左手に行くと御霊神社、その先に広峰神社があり、広峰神社の脇に山への道があります。道は相当に荒れていて、ところどころ崩壊あるいは竹薮状態のところを登って尾根まで登ります。尾根までの道は荒れてはいるものの、段郭か連なっているのが分かります。尾根に登ると右手が千丈ケ嶽山頂で南の郭、左手の稜線上(鉄塔のある周辺)が東の郭群でそこから北側の稜線にも郭群があります。尾根に登って左手にまず行きますと尾根はわりと広くそれ自体が郭と思われます。途中、下からの道があったのか?(今は崩壊してるよう)折れのある虎口風の箇所があります。さらに尾根の先が鉄塔のある場所ですが、藪状態のところを越えなくてはならず断念しました。戻って右手稜線を登ります。すぐに明瞭な二重の堀切があります。さらに稜線を登って行き、いったん左へ進み、山頂下の郭のところから右手へ登ると千丈ケ嶽山頂の南の郭です。山頂は藪状態で見通しはよくありません。ここから北西の稜線を進むと妙見山の中段の愛宕神社の郭、そこから頂上の妙見宮の郭と行けるようですが、こちらも藪で断念しました。このほか千丈ケ嶽山の南側麓近くにも郭群があるようです。あとで資料を見ると、東の郭群からそれに連なる北側の稜線の郭群が大規模ではありますが、寺の跡地のような階段状の帯郭群であり、あまり城という感じがしません。妙見山や千丈ケ嶽山は郭は小さいのですが、尾根を切断する堀切を有し、小規模の城という感じはします。

城跡遠望
歴史

築城時期は定かではありませんが、若狭武田氏の守護代逸見氏の本城です。武田氏の若狭守護は永享十二年(1440年)以後であり、これ以後の築城と思われます。逸見氏は武田氏に何度か離反したようですが、永禄四年(1561年)にも叛逆し、砕導山城は落城しましたが、しかし、この時の城主の逸見駿河守昌経は高浜城を築き勢力を保ちました。


二重堀切の小さい側を横から                 南の郭(山頂)    

東の尾根平坦地                東の尾根虎口?

  
佐伎治神社

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