若狭/ 小浜城



ファイルNo1201

若狭唯一の近世城郭

                  天守台付け櫓虎口石垣  

@ おばまじょう 
  
A住所:小浜市城内1丁目 
B目標地点:小浜神社 
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:神社・宅地・田畑 

F遺構等:石垣・堀・石碑・説明板 
G時代/人物:江戸期/京極氏〜酒井氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分
J撮影・訪問時期:2003年05月・2015年10月
        ・2018年08月・2020年07月
        (2022年07月)

  
西櫓

【道案内】 

北陸高速道敦賀インタを下り、料金所を超えて左側に下り8号線バイパスに入ります。2Km先の岡山1の信号で直進し国道27号線に進みます。5Km先の旗護山トンネルを越えたところで立体交差になっているところが道が交差しているので注意してください。国道27号線を進みます。24Km先湯岡橋東詰の信号を越え、南川を渡りすぐの湯岡の信号で右折し国道162号線に入ります。すぐにJR小浜線を越え、小浜警察署前で国道は左折です。800m先の小浜駅前で右折し国道162号線を進みます。1.4Km先で南川を再度渡ったところの信号二つ目左手が小浜神社でここが城跡です。

あるいは、若狭舞鶴自動車道の小浜インタを下り、小浜インタ入り口の信号で右折し国道27号線に入り、約900m先の湯岡の信号を右折し国道162号線を進むか、若狭舞鶴自動車道の小浜インタを下り、小浜インタの信号で右折し県道24号線に入り、約3.5km先の市役所前の信号で右折し国道162号線に入り約1.2km先左手が城跡です。



【訪城備忘録】

廃城後の護岸工事、宅地化が進み、神社のある本丸以外(本丸も南側1/3は失われています。)は遺構が残っておりませんが、それでも、本丸を囲む石垣は戦国から近世に移る野面積みと一部の打ち込み石垣は堂々としたものです。本丸石垣に民家の軒先がすれすれのところまで迫って建っているところがあります。民家は内堀跡に建っているということになりますね。

多田寺には書院玄関が移築(相当に改築されてますが)されていて、唯一の建物遺構かもしれません。若狭高校には藩校順造館の正門が移築されてます。さらに、小浜西組は東組・中組・西組とひとつで、小浜の城下町で、現在は景観保存地区になってます。
国道27号線沿い、後瀬山の北麓には常高寺があります。ここは常高院(お初・京極高次室)が京極高次の菩提を弔うために建てられた寺で、常高院の墓があります。相当昔に寄らせていただきましたが2022年に久しぶりに行ってみました。本堂は新しいのですが屋根の上は京極氏の家紋の平四ツ目紋をかたどってますね。

【歴史】

慶長六年(1601年)に京極高次が築城を開始し、子の忠高がほぼ完成させたとされます。寛永十一年(1634年)に酒井忠勝が武蔵川越から入封し、寛永十五年(1638年)に三層の天守を築いたとされます。その後、酒井氏は明治までこの地を治めました。 <現地案内板より>

2018年、若狭歴史博物館で酒井忠勝が入部した際に乗ってきた籠が特別展示されてました。(発心寺で発見されたもの) これは徳川家光の所有の籠で忠勝が入部の際に贈られたもののようです。地味な感じはしましたが、造作は今でも見られるしっかりとした造りでした。 ※発心寺は若狭武田氏の元光の菩提寺です。


  
西面の石垣
  
北側桝形虎口の残存石垣
小浜神社鳥居
  
 天守台(南西側から)  
  
現地案内板より
書院玄関移築 (多田寺) <小浜市多田> 
書院玄関移築 (多田寺)
多田寺にある蔵と酒井氏の家紋(片喰) 移築建物ではないと思うけど。
藩校順造館正門移築 (若狭高校)
小浜西組の町並み (景観保存地区)
小浜西組の町並み (景観保存地区)

近くの城・関連の城:川越城 後瀬山城

          

天守台南側より
南面石垣
西面南側石垣
天守石垣を下から
小天守と天守石垣
天守台虎口
西櫓
西面北側石垣
乾櫓台
北面石垣
翳櫓(きぬがさやぐら)石垣(北面)
常高寺 202207
山門        本堂
庭園
常高院(お初様・京極高次室)の墓