近江 高室山城



ファイルNo3542

麓に明智光秀の生誕地と言う伝承のある地

               背後の堀切             

@ たかむろやまじょう 
  別名 腰越の城 

A住所:犬上郡多賀町佐目
B目標地点:佐目トンネル
C形式:山城  D比高:160m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切
G時代/人物:戦国期/?氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  佐目トンネルそばの高室山用駐車場から
  20分


J撮影・訪問時期:2019年03月

  

道案内 

名神高速道の彦根インタを下り、国道306号線を多賀方面に進みます。多賀大社のところで左折し、そのまま国道306号線を進み、約11km先、佐目の集落を越えて左手に十二相神社の横を通り過ぎると道は大きく左U字カーブになります。U字カーブが終わって佐目トンネル手前左手に高室山に登るための大きな駐車場(トイレ付)があります。 ここから登ります。石段を登り左手方向に300mほど行くと右手に標識があり、ここより支尾根を登って行きます。それなりにきつい登りを20分ほど登ったピークが城跡です。

訪城備忘録

途中急な細尾根も登ります。城域は佐目トンネルの上のピークにあり、小さな主郭の両サイドに浅い堀切が残るという単純な城跡です。主郭から別に落ちる急支尾根下に段郭のような平坦地も見えますがあまりに急で下りれません。高室山側も主郭から先は急な斜面です。主郭下に後方の堀切があり、されに降りていくと高室山との鞍部に達し、ここに高室山の標識があり、ここからまた高室山へ向かって登るという感じです。私はここで引き返しました。

麓の十二相神社の前に「十兵衛屋敷」という標識が立っています。最近(2019年での最近)に立てられた感じです。ここ佐目は江戸期の史書によれば、ここに残る口伝が記録されてます。それによれば、明智光秀はこの地に生まれたというものです。 光秀の祖父?あるいは父?が美濃から流れてきて六角高頼の庇護を受けここに住し、その後光秀が生まれた。光秀は才覚があったため、越前朝倉氏に仕官し越前に移住したというものです。ただ、こういう話は山の反対側の岐阜県大垣市(旧:養老郡)上石津町にもあり、上石津に多羅城という進士氏の城館があって、ここに嫁いでいた光秀の母は明智家の人で明智家当主に子がなかったため光秀は本家の養子に入ったというものです。多羅城がどこにあったかは不明のようで、現在の西高木陣屋跡も候補のひとつのようです。いずれにしても、光秀の生誕地は東濃ではなく、江濃国境である多賀・上石津にその伝承があるというのは面白いです。これも2020年の大河ドラマの影響でしょうけど。 この記述は城友からの情報を加筆しました。 上石津のパンプもあります。

登り道標識
歴史

詳細不明

主郭手前堀切
主郭
主郭からの急支尾根(下に段郭のような平坦地が見える)
主郭後方高室山側堀切
  
十兵衛屋敷の標識
十二相神社と千年杉     城跡への登り道    
尾根の登り道
中腹尾根から

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