近江 / 太尾山城



ファイルNo0807

一城別郭の城

               南曲輪主郭の櫓台切岸

@ ふとおじょう 
  別名  −−−−−

A住所:米原市米原
   旧:坂田郡米原町米原
B目標地点:湯谷神社・青岸寺

C形式:山城  D比高:120m 
E現況:山林

F遺構等:土塁・堀切・説明板
G時代/人物: 室町期/佐々木氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  湯谷神社より15分

J撮影・訪問時期:
2003年10月・2013年12月



  

道案内 

名神高速彦根インタを下り、原町の信号を右折して国道306号線に入り国道8号線に向かいます。外町の信号で右折し、国道8号線に入り米原を目指します。7.5km先米原駅前の信号で右折して400m先の青岸寺・湯谷神社に向かいます。(または、名神高速米原インタから国道21号線を彦根方面に向かい、西円寺の信号で斜め左折し国道8号線に入り約1.6Km先(米原駅前)を左折します。)
 
訪城備忘録

国道8号線より細い道を山側に入ると右手に湯谷神社、左手は青岸寺・米原保育園となります。湯谷神社内に城跡説明板があります。青岸寺側説明板の所より登ると北曲輪群に至ります。湯谷神社側より登ると南曲輪群に至ります。2003年訪城時は南曲輪群の発掘調査現地説明会でしたので湯谷神社側より登りました。20分ほどで明瞭な堀切に至ります。この右手側が南曲輪群となり、堀切から二つの切岸を登るとL字に土塁をめぐらした30*15mほどの方形の曲輪に出ます。この曲輪の南側はさらに高くなっており櫓台と思われます。この先にも幾つかの段郭が連なります。尾根城域端には浅い堀切が残っています。南曲輪群は北曲輪群より新しいらしいのか発掘調査では建物の礎石が検出されています。(現地説明会には時間を間違えてしまい遅刻したため細かい説明を聞いていません^^;;) 最初の堀切から尾根伝いに北(東)側に進むと、浅い堀切を過ぎて、切岸を登ると北曲輪の主郭です。屈曲した土塁が北側に残ります。ここの城は一城別郭形式がよく判る城です。

2013年12月訪城
あいにくの雨でしたが、2003年より南北とも土塁が見やすくなっていました。
現地案内板より
歴史

築城時期は不明ですが、鎌倉時代に佐々木氏が街道の監視の城として築いたとされます。鎌倉執権北条高時の時代のこの城は佐々木京極高氏(道誉)<1306〜1373年>の支城であったようです。その後、佐々木京極氏と佐々木六角氏、浅井氏と六角氏が争う城となり、永禄四年(1561年)には浅井長政が六角方吉田安芸守が守備するこの城を攻めたという記録があります。元亀三年(1573年)に至り、織田信長の攻撃で落城しています。 <現地案内板より>

南郭主郭       南郭の堀切
南曲輪堀切   北曲輪主郭
北曲輪堀切
南郭主郭櫓台
南郭主郭土塁      南郭堀切
  
南曲輪主郭土塁         南曲輪発掘調査現場
発掘調査現場
北郭主郭土塁                           北郭主郭切岸

近くの城・関連の城:勝楽寺城