近江 / 山本山城



ファイルNo0782

若き藤堂高虎、渡辺了も居た?城

                主郭(北側より)

@ やまもとやまじょう 
  別名  −−−−−

A住所:長浜市湖北町津里・山本〜高月町西阿閉
    旧:東浅井郡湖北町・高月町

B目標地点:朝日小・朝日山神社・宇賀神社
C形式:山城  D比高:250m 
E現況:山林

F遺構等:土塁・堀・堀切・竪堀・碑・説明板
G時代/人物:平安期・戦国期/山本氏・阿閑氏
H満足度: 凸凸☆
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  神社より40分

J撮影・訪問時期:
2005年04月・2015年05月
     ・2017年04月・(2018年07月・09月)


  

道案内 

北陸高速道木之本インタより国道8号線を長浜方面に進み、北陸高速のガードそばの高月南の信号から1.3Km先(湖北町役場前400m手前)の速水北の信号を右折し県道256号線を進みます。朝日小学校近くで県道はクランク状で山本山のふもとに近づき、西に進みますと宇賀神社が山本山の南西すそにあります。この本殿脇より登ります。(または、長浜城前より県道331号線で琵琶湖湖畔を進みます。東尾上で県道256号線に右折して宇賀神社に向かいます。) <登り口は南東側の朝日山神社より常楽寺を経由し三の丸を越えて二の丸に到達する行き方もあるようです。>
 
訪城備忘録

宇賀神社より800mと標識には書いてありますが、急でジグザグな山道はけっこうきついです。30分程度で二の丸に到達します。二の丸(郭)はただっ広い広場と言う感じですが、これは工事で遺構が破壊されているらしいです。主郭は四方を巡る土塁はよく残ります。主郭の北側には見当杭と呼ばれる杭が建っている高まりがあります。この高まりは往時は櫓台であったろうと想像できます。その先は堀切があり、さらに先は馬場があります。馬場の先には宗教関連の碑があり、その先には連続堀切があります。尾根上の城域先端の郭は出丸のような感じで、尾根の高低差の先端にあり、郭には土塁が巡り、先端側に浅い堀切が認められます。二の丸(郭)から東側下(朝日小側登山道沿い)には三の丸(郭)があり、ここには北側に土塁が残ります。二の丸(郭)から見る琵琶湖は絶景です。

主郭東側土塁と虎口
歴史

治承四年(1180年)に山本義経の本拠地である山本山城を平知盛・資盛が攻めたと言う記録があるようです。山本氏は、源氏の旗揚げとともに平氏打倒の挙兵をし木曽義仲の上洛を助けますが、義仲の滅亡とともに没落します。戦国期は浅井氏の家臣の阿閉氏の居城となりますが、織田信長の小谷城攻めの時に阿閉氏は織田氏に寝返ります。山崎の合戦時は明智光秀に味方し、秀吉方の攻撃で城は落ち廃城となります。

主郭土塁
主郭北側堀切
先端郭からの眺望(木之本方面)
二の郭下からの眺望(奥琵琶湖と竹生島)
琵琶湖からの風景 2018年7月・9月 
早崎内湖跡の蓮池越しの山本山 2018/07
湖岸道路から竹生島 2018/07
湖岸道路から竹生島と夕日 2018/9
湖岸道路から竹生島と夕日 2018/9
湖岸道路から竹生島と夕日 2018/9
  
常楽寺側城址碑            朝日山神社の兜掛松
主郭虎口土塁        主郭西側土塁
主郭東側帯郭(空堀状)      主郭東側虎口(外から)
主郭北側下堀切
馬場と土塁
連続堀切
連続堀切
先端郭手前の堀切と土橋             尾根上
先端郭と土塁
三の丸(郭)と土塁
2005年撮影
主郭西側土塁                 主郭南側虎口
二の郭                     主郭北側堀切
二の郭からの眺望(琵琶湖)

近くの城・関連の城:小谷城