近江 / | 山本山城 |
ファイルNo0782 |
若き藤堂高虎、渡辺了も居た?城
@ やまもとやまじょう |
道案内 | |||
北陸高速道木之本インタより国道8号線を長浜方面に進み、北陸高速のガードそばの高月南の信号から1.3Km先(湖北町役場前400m手前)の速水北の信号を右折し県道256号線を進みます。朝日小学校近くで県道はクランク状で山本山のふもとに近づき、西に進みますと宇賀神社が山本山の南西すそにあります。この本殿脇より登ります。(または、長浜城前より県道331号線で琵琶湖湖畔を進みます。東尾上で県道256号線に右折して宇賀神社に向かいます。) <登り口は南東側の朝日山神社より常楽寺を経由し三の丸を越えて二の丸に到達する行き方もあるようです。> |
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訪城備忘録 | |||
宇賀神社より800mと標識には書いてありますが、急でジグザグな山道はけっこうきついです。30分程度で二の丸に到達します。二の丸(郭)はただっ広い広場と言う感じですが、これは工事で遺構が破壊されているらしいです。(もっと山本山城) 主郭は四方を巡る土塁はよく残ります。主郭の北側には見当杭と呼ばれる杭が建っている高まりがあります。この高まりは往時は櫓台であったろうと想像できます。その先は堀切があり、さらに先は馬場があります。馬場の先には宗教関連の碑があり、その先には連続堀切があります。尾根上の城域先端の郭は出丸のような感じで、尾根の高低差の先端にあり、郭には土塁が巡り、先端側に浅い堀切が認められます。二の丸(郭)から東側下(朝日小側登山道沿い)には三の丸(郭)があり、ここには北側に土塁が残ります。二の丸(郭)から見る琵琶湖は絶景です。 麓の湖岸道路からの夕陽・トワイライトも格別です。 2023年12月、琵琶湖がー70cm以上渇水して琵琶湖の奥ノ洲までが陸続きになってしまいました。その奥ノ洲から山本山城と琵琶湖湖面に映った逆さ山本山城を撮ってきました。 ⇒遺構・もっと山本山城へ |
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治承四年(1180年)に山本義経の本拠地である山本山城を平知盛・資盛が攻めたと言う記録があるようです。山本氏は、源氏の旗揚げとともに平氏打倒の挙兵をし木曽義仲の上洛を助けますが、義仲の滅亡とともに没落します。戦国期は浅井氏の家臣の阿閉氏の居城となりますが、織田信長の小谷城攻めの時に阿閉氏は織田氏に寝返ります。山崎の合戦時は明智光秀に味方し、秀吉方の攻撃で城は落ち廃城となります。 |
もっと山本山城 |
琵琶湖からの風景 2018年7月・9月 2023年12月 |
もっと山本山城 |
2005年撮影 |
奥琵琶湖のトワイライト |
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