近江 青地城



ファイルNo0668

湖南の豪族の城

                            空

@ あおちじょう 
  別名 部田城

A住所:草津市青地町 
B目標地点:志津小
C形式:平山城  D比高:10m 
E現況:学校・畑地・山林

F遺構等:堀・土塁
G時代/人物: 鎌倉期〜/青地氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  小槻神社から5分

J撮影・訪問時期:2001年01月

  

道案内 

名神高速栗東インタから来た場合 国道1号線を草津・大津方面に進みインタから4Km先の草津3丁目の信号を左折し県道2号線に入り、1.6Km先の名神高速の陸橋手前右側の志津小一帯が城址です。
 
訪城コメント

小学校と神社一帯に堀・土塁がしっかり残ります。小学校と県道の間には大きな溜め池があり城池と言われています。県道の道沿いには案内板が設置してありますが今では薄くなって読めません^^;。小学校は周りより高い台地にあり、まさに城地という感じです。駐車は志津小学校の裏手小槻神社に駐車できます。神社にはため池手前の小道を右折して進みます。小学校から神社の一帯をぐるりと散策すると空堀・土塁などがいたるところで見られます。

城池
歴史

青地氏はこの地の鎌倉期の豪族小槻氏から発しています。青地城は青地氏十二代の居城と言われています。鎌倉中期、近江守護佐々木定綱の五男の馬淵定広の四男左衛門尉基綱が青地氏の養子となって定兼の後を継ぎ、その子河内守忠綱が初めて青地城を築き、近江源氏七騎の一人といわれます。天正元年(1573年)の六角氏滅亡とともに青地城も廃城となったようです。(青地氏はその後蒲生氏より養子が入り織田信長・織田信孝に従いますが、江戸期は加賀前田氏の家臣となったようです。)


空堀

  

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