近江の城026/  

                                                                               

涌出館+池ノ沢遺構(池の沢屋敷)  1951
池の沢遺構発掘現場
庭園跡

説明板
現地説明板より
庭園跡
もう一つの説明板と庭園跡
湧出館説明板
A高島市朽木村井
 旧:高島郡朽木村
B
国道367号線を朽木中心部の朽木新本陣(道の駅)より3.4kmほど大津寄りの桑野橋を渡り、さらに1km先で再度安曇川を渡り、約400m先の西村井バス停のところ左折し道なりに800m先の棚林谷の沢を越えた先の左手が池の沢遺跡です。涌出館は谷の手前で資料には土塁が残るとありましたがよくわかりません。池の沢遺跡は発掘中で庭園の池、石敷のような遺構が見えます。 

C丘城
F遺構等:庭園・土塁?・説明板
G鎌倉期初期?/朽木氏? 
H満足度:凸+
平安後期から鎌倉前期の間で短い期間使用された庭園跡のようで、滋賀県で一番古い庭園跡になるようです。佐々木氏が高島郡に勢力を伸ばしたころのものであろうとの事です。隣接する湧出館は朽木氏の姫君の館跡という伝説があるようで、館遺構は発見されていませんが、平安時代から鎌倉時代の土器片発見されているようで池之沢遺構と時代は同時期とされるようです。<現地説明板より>

J訪城:2008/09・2019/03
  
吉武城  1955
説明板
城域
A高島市新旭町旭 

国道161号線で大津方面から来ると、新安曇川大橋で安曇川を越えて1.5km先が新旭の信号、そこからさらに3km先の針江・旭で国道161号線の高架を下ります。右折しガードをくぐると工場が正面に見え正門前の細い道に左折した50m先のグランド横に説明板があります。説明板があるもので遺構はありません。国道(バイパス)建設時の発掘調査で堀や建物跡が見つかったようです。ここの城の特長は方形の主郭に隣接して方形の複数の郭が接続され土橋で結ばれていたことであるようです。

C平城
F遺構等:説明板
G室町期/吉武氏 
H満足度:凸
饗庭三坊と呼ばれた寺院に関わる吉武壱岐守の居館で、五十川城の支城と伝わります。発掘調査で焼失の痕跡があり、元亀元年(1570年)〜天正元年(1573年)頃の織田氏侵攻で戦火にあったと推測されます。一説には鎌倉期美濃あった饗庭氏(相羽城)の同族がこの地にあり、この城を居城・支城にしたともされるようです。

J訪城:2008/09